アーデン

  • 2019.02.10 Sunday
  • 17:28

2月10日 晴れ時々曇り 気温7度

 

 成田に到着して、到着ロビーで母と帰りのリムジンバスを待つ間、メールを受け取った。

メールを開けて読んだとたんに、『涙が止まらない。』

私の目から涙が止めどなく流れてくる。母が隣で驚いてどうしたのか聞てきた。

私は、震える声で母に『カナダのホストファミリーのお父さん、アーデンが亡くなったの。』

と言い、何度も追悼のアーデンのメールを読んでいたが、涙が溢れすぎて追悼のメールも読めなくなり、

ハンカチで涙を抑えるだけだった。

 

アーデンは、私にとって素晴らしい父親像を教えてくれた掛替えのない人だった。

8歳の時に父が私達を捨てて家を出て行き、父親の役目を捨てた父は、私にとって父の影は薄い。

17歳の時家族が嫌で、一人で生きるしかないと家を出てカナダのバンクーバー島の

カレッジに一人旅だったは、45年前だ。

そこで、沢山の心温まる人々に出会い。人生の素晴らしいさと、大自然の美しさを学び。

私の人生は蘇生された。

 

酷いアレルギーも4年間カナダ留学中に完治して、驚くほど心身の細胞が蘇った。

 

4年間の美しい思い出の中の一つは、アーデンとロバータが、夏にバンクーバー島の北にある孤島、

レフュージコーブのサマーハウスに私を連れて行ってくれた思い出だ。

空を見上げるとそこには、宝箱の宝石を散りばめたような星が輝き、

真っ青な海に一緒にボートでサーカイサーモンを釣って、ロバータが鮭缶を圧力なべで作ってくれた。

レフュージコーブは、電気も通っていない孤島で車も走っていない。

そんな島に3棟の小屋を建ててアーデン家族は夏を、魚を釣ったり、沢でハーブを摘んだりして過ごすのが

彼らの恒例の夏の過ごし方だった。

そして彼らは、日本から来た私を何時も、家族同様に心温かく迎えてくれた。

最期にカナダの彼らの家を訪ねた冬2017年

 

アーデンとローバータは、私にとってカナダのお父さんとお母さん的存在だった。

そして人生のロールモデルでもあり、平和な生き方を教えてくれた。

アーデンは、自分の両親をしらずに育ち、育ての親から育てられ幸せに育った。

その幸福の輪を伝える為に、彼らは自分の子供が2人いるのにもかかわらず3人目を養子で育てた。

そして私までも家に家族と同様受け入れてくれたのだ。

そんな生き方を自然に生きたアーデンが88歳のお誕生日の日2月2日に亡くなってしまったのである。

 

昨年私の51歳のハワイでのウェディングパティーにもわざわざカナダからロバータと一緒に出席してくれた。

昨年87歳とは思えない行動力そして気力があったアーデンはビックアイランドにもロバータと旅行を楽しんだのに。

 

人生は突然終わりが来るものなのだ。

そして、突然亡くなってしまうと、周りの悲しみは偉大なる生命の消失に驚き、悲しみは次第に深くそして辛さも深まる。

まだ、アーデンが亡くなった事の現実感がない。

その大きな心の空間に、悲しみは突然押し寄せる。

 

曇り空の空を眺めながら、買い物帰り道、大好きなリアナ ラ ハバスの歌を聴きながら突然歩きながら涙が出てとまらなかった。

 

そしてアーデントの思い出が頭を走馬灯のようによぎって行く。

 

『ホープオブライフ』の香りを手放すことができず。

この香りが私の心を慰めてくれるように

アーデンが亡くなった今、ローバータがアーデンを失った悲しみは計り知れない。

何もできないかもしれないが、彼女の傍にいてあげたい気持ちが高まり、

明日にでも海を渡って行き、肩を抱きしめたい。

其れができないのも辛い。

先ずは、カナダに5月に会いに行く事を心に決めた。

 

大切な人生は、生きている限り素晴らしい出会いがありそして別れがある。

 

一生の間に沢山の出会いと別れを繰り返しながら生きて行く喜びと悲しみの繰り返しである。

 

別れは、いくつになっても悲しい。

この心を癒すのは、美しい香りで悲しみを和らげそして時が過ぎて行く事だ。

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハワイの楽園生活を体験できるプライベートリトリート4月から受け付けます。

  • 2019.02.04 Monday
  • 10:30

2月 5日 火曜日 曇り時々晴れ 気温24度  

いよいよ母のハワイでの認知症改善アロマセラピーリハビリが、明日で終わりになます。

素晴らしい成果の末に終わりに近づいていてほっと心をなでおろしている所です。

母と娘は何時まで経っても、母と娘の関係なのでそんな中リハビリを指導していくのは、感情的に

落ち着て行かないとスムーズに進みません。

家族から離れたい一心で17歳の夏に家を出て、留学して以来、母には感謝して日々生活しているのですが、

中々の心の葛藤の中の2か月集中アロマセラピーリハビリは、要介護3から1辺りになりました。

 

そんな心中、脳の75%は遺伝するとバイオロジー的に証明されているのは皆さんご存知のとうりで、

親が認知症になり自分が認知症にならない為に何をしなくてはならないか?

ジョンの娘カリーナ13歳に、私の母の認知症の状態を見て、私に鋭く明言をした。

『みどりが、認知症になったら、バンクーバー空港に置き去りにするからね。』

つまり、認知症にならないように頑張れ!という助言をもらった。

 

勿論認知症にならない心がけは、日々しているが、両親とは17歳から全く違うライフスタイルで生活している私は、

体質も今では、全て改善されている100%健康体です。

 

認知症にならない為には、身体的に3点の要因を改善して行かなければならないのです。

 

 々盞谿

◆々盞貪

 高コレステロール

 

これらの3点は、アロマセラピーの経口投与カプセルで改善して行く事が可能です。

(気がかりな方は、是非メールにてご連絡・ご注文下さい。info@argutha.com )

 

そして一番のチャレンジが、ライフスタイルです。

認知症にならない為に6点のライフスタイルが多くの文献から抜粋してあげてみました。

 

 ^Δ垢襯僉璽肇福爾箸離薀ぅ侫織ぅ狎験茵福”廖ξ人・家族・ペットなど )

 

◆ー匕鯏な生活。( 友人との交流や家族との交流 )

 

 好きな事・楽しい事を日々する生活。

( 美しい音楽を聴く。美しい香りを嗅ぐ。おいしい天然食を楽しむ。美しい景色を楽しむ。)

 

ぁ〃敕戮扮薪擇鯔萋45-60分する。( ヨガや散歩など。)

 

ァ.好肇譽垢魏鮠辰垢覦戮縫泪奪機璽犬籵堊曚鯑々の生活に取り入れる。

 (アロマセラピートリートメント・呼吸法)

 

Α〜宛きな思考での生活。

(人生なるようになるので、毎日できる事をして日々楽しんで生活する。) 

 

この6点を全てクリアしている私のハワイ楽園生活ですが、油断は禁物ですが、先ずは一安心。

人生を楽しみながらハワイで楽園生活は、美しい景色とのんびりとしたライフスタイルと風習がハワイ人気の秘訣です。

 

此処で、ハワイのロカールな生活を楽しめるアロマセラピーリトリートを皆さんに4月からご提供いたします。

ブログを読んで下さっている方にいち早く、プライベートリトリートになりますのでお早めにご予約下さい。

(3月1日から受け付けます。)

 

 

ハワイカイルアオアフ島でプライベートアロマセラピーリトリート

 

癒しのカイルアを楽しむリトリート

日常の生活のストレスから解放される為にプライベートなハワイの楽園生活を楽しむリトリート

旅を通して、ヒーリングを求めている方におすすめです。

青い空・青い海・そして贅沢なプライベートな時をハワイがあなたを待っている。

 

一人でハワイに来て、集団の煩雑された社会から解放されにハワイに来ませんか?

ハワイのライフスタイルをヘルシー&ハッピーに楽しむリトリートをご提供します。

 

カイルアの閑静な住宅地のオバマ大統領がバケーションで来るカイルアの小さな町に滞在してハワイにまるで住んでいるようにリラックスできる、

一軒屋に滞在しハワイのライフスタイルを楽しみながら贅沢な時を過ごす。

アロマセラピスト&ヨガインストラクターとして22年間東京をベースに活動、エアラインのコンシェルジュで15年間働いて来た経歴のアロマセラピスト(Mrs.Midori Burke)が気取らないおもてなしと健康になる秘儀をご提供するリトリートは、貴方だけのプライベートリトリート。

朝ヨガやビーチサイドを散歩・ハワイを気ままにドライブしたり、美味しいローカルの食材を楽しんだり、大自然の中でパーソナルブレンドで瞑想・全身アロマセラピートリートメントでリラックスしたり、お好きなプランをたのしめます。

ご予約は、一人から、またご両親、ご友人、お子様、旦那様やパートナーとご一緒にもご予約できます。

 滞在場所には、南国の雰囲気を万逸のハワイアンキルトのキングサイズベットのベットルームが1階と2階に2部屋にあり、バスルームがここの部屋に設置され。2階のベットルームからは、カイルアのツインアイランドそしてモコレアロックの景色を楽しみながら目覚められます。1階には、小さなキッチンと冷蔵庫・電子レンジが設置されており、リビングルームがございます。

プールが屋外にあるプールで気ままにスイミングを楽しめ、プールサイドで夜空や青空を眺めながらヤシの木を見ながらハンモックに揺られてリラックス、マリンスポーツを楽しみたい方には、目の前の海にサーフボードやカヤックでハドリングができる素晴らしいプライベート空間を楽しめます。

 朝カイルアビーチパークで気持ちよくヨガや散歩をして始まり、日中はのんびりお部屋でリラックスまた、ハワイの歴史的な場所を訪れ、夕方は、本格的なアロマセラピートリートメントでデトックス・リラックス・エネルギーを充電して過ごすリトリートをご提供してまいります。

滞在中また体験したい事やまたご希望がございましたらお気軽にお申し出ください、ご希望に沿ったリトリートにプログラムいたします。また日本からのフライトのお手続きがご希望の方はご連絡下さい。日帰りコースまたご滞在のホテルにて。

ご滞在のホテルまでお迎えに参ります。またはご滞在先のホテルで行えます。

30分ほどコンサルティングを行い、心身のバランスを整えるパーソナルブレンドをその場でブレンドいたします。トリートメントは、ロミロミマッサージ・筋膜マッサージ・リンパドレナージュ・スエディッシュ・リフレクソロジー・クラニアルサークレット・レイキを取り入れて行います。 (約90分)

初回カウンセリング付き USD300ドル 2回目からUSD210ドル(送迎料金80ドル)子供料金(7−11歳以下25%オフ、乳児―7歳以下50%オフ)

 

12日コース 

カイルアのビーチを見ながら邸宅に滞在し楽園の中で行うリトリート、送迎サービス付き、

チェックイン3pm (アーリーチェックインは追加ご料金60ドル)

4時半 全身アロマセラピートリートメント 90

朝 8時半 パーソナルヨガ30分から90分からご希望で時間を決められます。

ラニカイビーチやカイルアビーチのお散歩を楽しみながら行います。

ウルポヘイアウの観光;古代ハワイのテンプル広大な敷地に並ぶ岩壁とトロピカル植物茂神聖なパワースポットです。

 

ご料金:1人:USD 695ドル (宿泊費・コールドプレスジュース・アロマセラピートリートメント・ヨガ・送迎付き)子供料金(7−11歳以下25%オフ、乳児―7歳以下50%オフ)

 

2泊3日コース 

チェックイン3pm(アーリーチェックイン 追加ご料金60ドル)

4時半から全身アロマセラピートリートメント 90

1日目

8時半からパーソナルヨガ 30-90分ご希望で時間と内容を決められます。

お昼からご希望でカイルアの観光・ラニカイビーチ・カイルアタウン・ウルポヘイワ(古代ハワイアンテンプル)への散策・植物園見学

4時半からアロマセラピーヒーリングコース 90

2日目

朝 カイルアビーチパークでヨガ

12時チェックアウト

送迎付き

価格一人:1490ドル(2日間宿泊費・コールドプレスジュース2日分 アロマセラピートリートメント2回・ヨガ2回・オーガニックアメニティーキット2日分・ワイメアフォール観光・送迎付き)

子供料金(7−11歳以下25%オフ、乳児―7歳以下50%オフ)

 

ノースショアのバンザイビーチ

 

 

 

 

45日コース

3時チェックイン

4時半から全身アロマセラピートリートメント

1日目

8時半からヨガ カイルアビーチパークで気持ちよく雨の日は滞在先にて行います。

ワイメアフォール観光・ノースショア観光

午後4時半から全身アロマセラピートリートメント

2日目

朝ヨガ

ダイアモンドヘッドのパワースポットをおとずれ、マカプー・潮吹き岩などを訪れます。

午後4時半 全身アロマセラピートリートメント

 

3日目

朝ヨガ

ワイケレアウトレット・アラモアナショッピングセンター・ワイキキでお土産などご購入される場合は免税店を訪れます。

午後4時半 全身アロマセラピートリートメント

4日目

朝ヨガ

カイルアの古代ハワイのテンプルウルポヘイアウ観光・ボタニカルガーデンでトロピカル植物園見学

午後4時半 全身アロマセラピートリートメント

5日目

朝カイルア公園にてヨガ・ビーチの散歩

チェックアウトお昼12

価格1人USD 2995ドル

4泊の宿泊費用・ヘルシーコールドプレスジュース 内服用カプセル4日間分・パーソナルアメニティーキット4日間分・アロマセラピートリートメント4回・ヨガ4レッスン・観光費用・送迎費用)

子供料金(7−11歳以下25%オフ、乳児―7歳以下50%オフ)

 

 

*ご希望でシルバーカーのご用意もございます。(無料)

*観光スポットを変更する事もできますので事前にお電話やメールでパーソナルプランを組み立てる事も可能です。

*お食事のご用意が、ご希望の場合は、ご予約の時にご連絡下さい。体質別または、食べたい物を健康的に調理してご案内いたします。例)グルテンフリー・ホールフード・ビーガン・ベジタリアン・糖尿病・高血圧・ジュースファースティングなど。15年程料理研究を重ねたMIDORI BURKEが材料を厳選してクッキングしたものをご提供いたします。

*料金に含まれて無い物、航空券・お食事代 海外保険料。

*お支払い方法は、りそな銀行振り込み(為替レートの変動により価格の変動がございます。)またはクレジットカード(マスター・ビザカード)

 

 

カイルアラ二カイビーチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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携帯090-6526-6334  HAWAII 808-491-7600

 

 

 

ハワイでアロマセラピーで認知症リハビリ成果

  • 2019.01.22 Tuesday
  • 12:04

1月21日 晴れ 気温24度

 

 家の外から見ようと芝にでてブラッドウルフフルムーンの月食を探したが、月が登東側はピルボックスのある山の為

フルムーンが見れない。

ラニカイビーチにジョンと二人で家から歩いて見に行くと、月食を見に歩いている人達に行きかいながらハワイでの初フルムーン月食を見るのに胸が高鳴った。

ビーチサンダルをラニカイビーチに降りる階段の上に脱ぎ捨てて、脚早くビーチに降りて行くと波が足を濡らした。

海の水が冷たくて気持ちよく感じたが、ハワイ育ちのジョンは、『コールド』と言って飛び跳ねた。

ツインアイランドの丁度上の方を見ると、オレンジ色の満月が千古花火最後の大きな玉の様に空にぶら下がっていた。

オレンジ色の丸玉にうっすらと逆三日月のように黒い影が神秘的に陰ってる。

『 月食だ。』

52年生きていて、初月食体験。胸が一杯になった。

宇宙の影をこの目で体験している。

子供たちが、砂遊びに夢中になり、親達は偉大なる自然現象を楽しんで空を見ている。

『なんだか、夜の海で泳ぎたくなった。』とジョンに言うと、『GO FOR IT』と言って肩を押してくれた。

コットンのセーターを脱いで、ヨガウェアーのまま海に足から膝まで入ると、ひんやりとした水が波のさざ波で胸まで来た。

ザブンと身体を海に投げ入れると、海が全てを受け入れてくれるように身体全体を包み込んだ。

身体を波に任せて浮かせて、夜空を見るとオレンジ色のブラッドフルムーンが幻想的に空に浮かんでいる。

その瞬間全てが解き放されるように自由になったようだった。

30代の頃多くのリトリートに参加して、自分の不幸な家族からの柵から解放されるために、コンプレックスから解放される為に

自分を解放・ヒーリングしてきた。その旅に、バラの花の花びらが一枚づつ開くように心の固いものがほぐれて行った。

そして生き続けて行く、力と勇気を付けて行った。

ラニカイビーチのサンライズやオロマオ山脈に沈む夕日や幾つもの虹・そして月光全ての大自然の癒しのエッセンスが

今目の前にある事に地球への感謝の気持ちで一杯になった。

そして、ブラッドウルフフルムーンの月光の下で明け方に全ての過去を解放して新しい年への希望に向かって瞑想をした。

 

78歳の母の認知症の検査結果がケアーマネージャーの牧さんから連絡がきた。

なんと要介護3だった。

確かに、ハワイに来る前の母の介護度は、1人ではトイレ以外は何もできず。

車椅子がないと移動できなかった。

12月11日から今1か月と10日が達、目を見張るほど介護の必要性が低減している。

2・2キロの朝の散歩もシルバカーに座りながらゆっくり90分かけて歩いていたのが、今ではお休みなく45分でトイレにも

よらずに歩けるようになった。

洋服も自分で全て着替えられるようになった。

車に乗るのも自分で乗り、シートベルトも自分で閉められるようになり、思いやりもでてきて

『あんまり、お願いばかりしているとみどりに悪いから、自分でやるわ。』という余裕も出てきた。

前は、『やってもらうのが一番。』と『一人で気楽に生活できる日本に早く帰してよ。』威張っていたのだが、

可なりの人格もいつもの母になってきた。

そして、ヨガの練習にも参加できるようになり、やる気が段々と高まってきた。

元の要介護1までに戻ってきて、本当に助かった。

母が、『脚をマッサージしてくれてるから、脚のしびれが取れて歩きやすくなってきたわ。』

母は、一過性虚血脳血栓をしてから、脚と足がしびれていて、触るだけでも触られるのが辛くて怒っていたのが、今では感覚が戻ってきて、リフレクソロジーの圧を賭けてマッサージすると『気持ちが良い。』といって喜んでくれている。

膝の痛みも緩和されてきて、素晴らしい成果だ。

 

ジョンも、『お母さん、凄く元気になってよかった。』 と喜んでくれた。

 

ネガティブな事は、認知症の病気の母が言っていると割り切って聞き流し、

ポジティブな母の言葉に感謝して、残りの20日間ほどのリトリートに気合いを入れて、

パワフルな力強い香りと幻想の世界へ導いてくれるブラッドウルフフルムーンパフュームと一緒に瞑想をして、ハッピーハワイアンライフをビジュアライズしていく今朝の私だった。

 

LOVE&AOHA、

MIDORI

 

 

 

 

女性として歳を重ねる喜び

  • 2019.01.16 Wednesday
  • 00:49

1月15日 晴れ

 

 人間それぞれの生き方があり、歳を重ねて行く女性はの生き方は、人それぞれ違う。

 

どんな家族の中で生きて来たのか?

どんな教育を受けて来たのか?

どんな土地に生まれて、生きて来たのか?

人の人生は、子供の頃は親の選択でその子の人生が選択されて生き、

成人したら自分の全ての選択で人生がそれぞれの方向へ進んで行く。

40歳を過ぎる頃には、自分の選択した結果が見えて来て、歳を重ねて行く焦燥感と喜びがどこからか沸き起こる。

若い頃に悩んでいた事が嘘のように悩まなくなり、幻想的な不安に操られて生きなくても良くなるこれは、

歳を重ねてきたご褒美であり喜びだ。

敢えてここでは、歳をとるという言葉を避けたい。

 

不安から逃れるために、ホロスコープや幻想的なスピリィチャルの世界にがんじがらめにならずに、

自然体で生きていかれるのも歳を重ねる喜びだ。

 

歳を重ね年数が50年もすると、自分の感覚がより研ぎ澄まされて、解放感がでてきて自然体で生きる自信が出てくる。

 

とは言うもの・・・・!?

人間多くの事を今だ悩み、考える。

 

『人間は考える葦である。』

 

ただ、歳を重ねると無駄に考え悩まなくなる。

 

歳を重ねる喜びは、社会的に考えても素晴らしい事なのに何故かこの感覚が非常識・非日常の世界の様に考えてしまう。 

姥捨て山の時代を変革していかなくてはならない。

これは、歳を重ねた女性が社会で家庭で活躍する事だ。

日本の女性の太古の歴史・文化改革だ。

 

日本は、1940年第二次世界大戦で敗戦国だ。

この負の思考が今だ根付いている年代が60年代までに生まれた人だ。

終戦または第二次世界大戦中に生まれた親に育てられ、終戦の貧困な生活から抜け出すためにがむしゃらに働き、

そして高度成長期にがむしゃらに良い生活をする為に働き続けてきた親に育てられた年代だ。

 

私達は、親が忙しく働いていた背中を見ながら育った年代。

そして戦後の自由を楽しんだ親達は、自由恋愛や不倫そしてバブルを生みだし、フルにバブル生きてきた人々。

そんな、物質世界・キャピタリズムの中で生き生きと生きていた親達。

結婚という言葉に、夢はあっても現実的には、結婚に対して希望は、かなり薄い世代だ。

 

17歳の夏、カナダに留学して、カナダの人々の自然を大切にして生きながら、物質世界ではない、

自由な自然体の選択をして、心豊かに生きる生き方をする生き方をカナダの人々から学び、新たな人生の扉を開けたようだったのに・・・・・・・いつの間にか、日本に帰国した自分は、日本の働きバチの巣の中で生きていた。

 

日本人の私は、ただただ毎日働く母の背中を見ながら育ち、それが当たり前の生き方として母を見て生きてきた。

そして、母子家庭の母に育ててもらった気持ちの感謝の心がいつもどこかにあり、

日本に帰り、親孝行を自分なりする為に23歳の夏から働き、

カナダで学んだ自然体ののんびり好きの自分のライフスタイルが段々遠のき、

46歳の夏まで日本で一生懸命に自分なりに働き続けた。

 

結婚しなかったのも、母に子供を作らない片羽の娘と言われ続けた。

30代の頃子供を作らなければ一人前の女性になれない

と悩んだ時期もあった。

自分の真実の心が、子供をつくらない人生を選択した。

ただこの選択は、全てが私の育った国と家族の多大な環境がそうさせたといっても過言ではない。

50代に入り、更年期を迎えて、この柵からやっと解放された喜びも歳を重ねる喜びそして解放感だ。

女性の魅力が、子孫繁栄の対象ではなくなり人間としての価値が重んじられるのが50を過ぎての女性の価値。

 

自然体の自分に回帰したのは、3度結婚した父、不倫をし続けた父の他界したのがきっかけだった。

私が、柵の中で生きてきた自分、私の不幸の源を創造した父の死が解放してくれた。

その父にも、今では感謝する気持ちが50歳になり歳を重ねる喜びである。

若い頃は、父が私達家族を無責任に不倫して置き去りにした怒りが胸の中にしこりとして固くなっていた。

 

幸せな家庭に育っていたら、今頃は幸せな家庭を築き、子供を育て自分が母として生きていたかもしれない

ふと、空想してみたりすることもある。

 

キャピタリズムと男尊女卑の世界を作り上げていた、父の死が、この柵から解放させてくれた。

 

そして、両親から解放され、今を幸せに自分らしく自然体に生きる為に瞑想した。

 

妄想の不安や固定観念に振り回されずに、自分で自分の環境を心地よく生きてく、自然体の自分を築く

 

瞑想した。

 

OUR HAPPINESS IS BUILT BY ATTITUDE AND INTENTION.

(私たちの幸せは、自己の姿勢と志向により築き上げられる。)

 

この姿勢と志向を作り上げてしまうのが、私達を築き上げる環境だ。

この環境を大人になったら、自分で築き上げるのが大切だ。

 

どんな人が、何を言おうと自分の幸せは、自分が感じて、自分の心の中にある。

100人いれば幸せの形は、100種類ある。

我が家からのブルーフルムーン

 

真実は、今の自分を生きる事だ。

真実を見つけるのは、歳を重ねる喜びだ。

( BE PRESENT ) 瞑想天然パフュームブレンドで1日10分夜今の自分を感じて瞑想をすると、次第に脈がゆっくりになり

地球と一体になって呼吸をし、脈を打ち、心臓の鼓動を感じて呼吸する。

其処に真実の自分がいる。

 

人生は、真実の自分を見つける為に生きている。

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI 

info@argutha.com

 

 

 

 

 

2019年年の始に思う事

  • 2019.01.11 Friday
  • 06:51

1月10日 晴れ 気温24度 カイルア

 

 新しい年が明けて皆が思う事は?

 

さて今年はどんな年に成るのか?

 

どんな年になったら良いのか?

 

という希望と不安が混合して年が明けて、あっという間に春になりそして、暑い夏が過ぎてホットして秋が来て、

あら?

あっと言う間に師走に近づき焦燥感にかられる。

何年も生きているのに何故か、歳を重ねる月日が長ければ長いほどこの感覚が高まる。

 

ハワイに住みだしてから、この気持ちに追われずにふと毎年過ごしている自分がいる。

1年を通じて過ごし易い気候の為か、毎日その気分に合わせて過ごしている。

ただただボーとして生きてしまわないように、年始にその年にやりたい事をノートに書いて置き、

忘れないように見える所に張っておく。(英語では、バケットリストとかいうのだが・・・・)

人生一回なので後悔しないように、生きるためには、これが一番の目標になるのだ!

毎年の目標に向かって、毎日のスケジュールを決めていると、気が付くと1年が充実して目標が達成されている。

 

達成できなければ次の歳に持ち越す価値があるか、考えてまたバケットリストを作ると良い。

 

私は、毎年プライベートとライフワークのアロマセラピーとバケットリストを作る。

毎年必ず、書くのが、

 『植物の恵みを感じながら生きて行き、自分の美しさを高めて行く。』 

これを詳しく書くと、皮膚につけるものまた体内に入れる(食する)物を天然成分に最大限する事である。

ファーストフードを食べてしまったり、化学調味料が入っている食事をすると長ーい目で見ると、やっぱり、人生の進む

速さが加速して、情緒不安定になる。これは、同様皮膚や髪の毛、爪も、体の一部なので同じである。

ハワイに住んでいるので日焼けは、アウトドアは太陽の光を避けられないので、アロマセラピーの日焼け止めを使うが、

やはり人口成分が沢山入っている日焼け止めには、かなわない。

そばかすやシミが気になっていた昔が信じられない位、そばかすが出てくるが、これは自分が気にするか気にしないかだし、

それより、50歳になると皮膚のしわや張りが大切になってくる。これは、やはりアロマセラピーの物が一番効果的だ。

体も段々ちりめんの様にしわ皺になり、おばあさんの皮膚に近づいてくる50代、私は、30代半ばの頃からずーと自分で作った

アロマセラピーの天然植物性の物を使用している。

50代になっても皮膚の張りは変わらないので、20年の実験結果がでている。

香りも、空港で働いていた時、何千人の人の匂いが行き交い苦しくて、人口の香水を毎日使っていた時、可なり

情緒不安定になり、皮膚もストレスで脂漏性湿疹になってしまい、心身ともにボロボロだった自分が嘘のように

今は、毎日天然の香りに囲まれて生きて20年、公私ともに、別れや介護生活、姉との対決などあったが、冷静に

乗り切り、負のエネルギーに任されずに生きてこれ、今では、52年生きていて

 

『今が一番幸せだ。』と毎日思える日々が続いている。

 

人生それぞれ幸せ度は、違うんだろうが、私は、家族に恵まれなかった人生がずーと、ずーと続いた。

両親が8歳の時に離婚、毎日ずーと姉の虐待を受けて生きていた10代、20代カナダに留学して素晴らしいホストファミリー

に出会い、家族の温かさを感じて『いつか自分もこんな家族に囲まれて生きたいなぁ』なんて思いきや

日本に帰国すると毎日せかせか働いてしまい、自分の家族に翻弄されて生きてきた30代、勿論それなりに自分の好きな事を

アロマセラピー、レイキ、ヨガに出会って世界中を旅しての植物に出会い、フランスやイギリス、カナダ、アメリカ、インドで勉強したのもこの時期だった。

40代は転換期だった。

 父の介護/他界を経て、長年続けてきたお店をしめてマンションを売って、自分の人生をリセット使用と決めたのだ。

大好きなアロマセラピーの活動も好きだけど、自分の人生をすり減らしてまで活動する程私にはパワーがない事を自覚して

自分のペースで活動する形を目標にする事にした。

偉大なる人は、多分このパワーが沢山あるのだ、50年生きてきて自覚がやっとできたのだ。

そして、海を渡ったハワイで自分の理想の家族に出会い、そして家族を守って行くほのぼのライフスタイルの毎日を過ごす自分が

一番生きやすいライフスタイルで生きて行く事を見つけた。

母の介護も期間限定で行い、母への思いのバランスもできた。

どうしても、シャカリキに働いてしまう日本! 

これは、きっと日本文化であるとも言える。だから日本人は、ハワイの文化のんびり、ほのぼのの風が吹く

 

ハワイに来るのが、人生の洗濯になるのだ。

 

ハワイの人は、皆のんびりせかせかしてないので、勿論サービスものんびり、皆がそれでも気にせずのんびりしてくる。

急いで人生を生きて終うと、人生があっという間に終わってしまう。

 

そこで、この素晴らしいハワイの空気をエネルギーを皆さんに伝える為に!

今年の私の目標は、ハワイオアフ島カイルアで極上のアロマセラピーリトリートを始める事です。

 

4月から受付をいたします。

 

プライベートリトリートです。

 

パーソナルスケジュールをハワイに来る前に決めて、その人にあったスケジュールで行い。

カイルアの邸宅に滞在して、海をみて目覚め!

 

朝ヨガ、

日中スピリィチャルスポットを訪れたり、

ビーチで瞑想、そして締めくくりはアロマセラピートリートメント

 

日帰りコースから4日間コースまであります。

1人から2人(親子小さなお子様なら4人まで可能・友人・カップルなど)までのご予約になります。

 

ご興味がある方は、メール(info@argutha.com) までご連絡下さい。

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

認知症をアロマセラピー&リハビリの対応結果

  • 2019.01.04 Friday
  • 04:03

1月3日 晴れ 17度 ビックアイランド ワイメア

 

ワイメアの夕日

 ビックアイランドのワイメアは、標高814メートルの高原なので、朝晩が冷える。

昨日朝早くに、ホノルルからコナ国際空港に朝9時に着くと照り付ける太陽が気持ちよく肌に感じた。

 

 黒い岩肌溶岩がどこまでも続くハイウェイ19を張りり抜け、ハイウェイ190に入ると登坂のカーブの続く道になり景色が緑の高原地帯にはいりの車を1時間ほどでワイメアについた。車から降りると、温かい太陽の日差しと冷たい風が気持ちよく感じた。

母は、『うわー寒い。』 カリナ―は、笑顔で冷たい風を喜んでた。ジョンは、寒い寒いと長袖の厚手のシャツを取り出して急いで着た。私もカリーナと同様冷たい空気が気持ちよく感じた。

 母のリハビリ12月11日から初めて23日が過ぎた。その内4日間ほど母は帯状疱疹で寝込み、クリスマスパティーで暴飲暴食をして3日間下痢で寝込んだので、1週間程体調を崩してしまった。

 母が下痢になった時には、かなり大変でした。認知症になると排便が気になり、父が認知症で寝たきりになった時もそうだったのですが、おしりの穴が気になるようで、便がでてくるとそれを触ってしまい、父の時には目を離すと触った手で其処らじゅうを触り家じゅうが汚物の匂いで可なり辛い日々が続いた。そして車いすでリハビリに病院で行く時に我が身に帰り、爪の奥に入った便を見てびっくりして手袋をしたいと言って来たのを記憶している。

 母の場合は、12月27日の朝私が母の寝ている部屋の前を通ると物凄い汚物の匂いがして、急いで母のベットに行くと母は起きたばかりで朦朧としている様子の中、お尻の穴が痛くてと訴えてきた。母を抱えるように起こしたとたんに既に軟便がもれていたので、私は息を止めながら母に持ってきてあった紙パンツを履かせた。はかせる瞬間から、も既に便が流れ出てきた。

私は、目をつぶり息を止めてながらの作業だった。

 ウォシュレットでお尻を洗浄して紙パンツをはかせてを一日何回をして、母が横になる場所全てに気が付くと汚物がついてしまい、洗濯機を3回1日回し、その間下痢用の飲用のブレンドに変えて、脱水状態にならないように水分を十分にとってもらい、痔用の軟膏を作り、母にコットンに軟膏をつけて患部に塗布してもらった。

本当にありがたいことに、母は、下痢でも自分でトイレに歩いて行き紙パンツに取り換えてくれる。父の時は、要介護4に既に認知症が進んでいたのでそれは、それは大変だった。

我が家から見た大晦日の虹、ハワイの諺
there is rain ,there is raibow 
嫌な事があるから奇跡が起こる。

  人生多くの辛い経験を積んで行けば行くほど難なく多くの事を乗り越えられる1つの利点だ。

カリーナは、シアトルに産みのお母親と旅行中だったので迷惑にならずに良かったが、ジョンがお休みなのに家じゅうが悪臭で充満してしまい、本当に申し訳なかった。2日目からは、何とかシーツを汚さず紙パンツだけで済み、3日目からはほぼ紙パンツも汚さずに済み、2日間おかゆと梅干を1日2回だけだった。1日目、母が殆ど食事をしなかったので、私が御粥と梅干を母に食べさせていると、ジョンが心配してクリニックに行かなくて大丈夫かと聞いてきたので、3日間様子を見て改善されなかった連れて行く事にした。3日目から、母が御腹がすいたといったので、オーガニックチキンの骨からスープストックを圧力なべでセロリ・人参・ニンニク・生姜・玉ねぎと家で育てたターメリックの根っこを擦り入れて作り、御粥を作り食べてもらった。4日目からは、普通に食事ができて大好きなお魚の照り焼きとチキンスープとごはんを食べられるくらい元気になった。

 1月2日からビックアイランドでの旅行だったので、治るか心配するほど、大変だった。

4日目の朝、31日には、母に『カイルアビーチに散歩に行く?』聞くと

母は、『家でテレビ見ててもつまらないから行くわ!』と前向きな返事に

私が笑顔で『じゃ、着替えて行こう!』と言うと、いつもは、『着替えを手伝ってよ。』言っていたのが、

なんと着替えも自分で出来るようなり、びっくりするほど自立してきた。認知症になると何時もしていた事が一人で出来なくなり

見守りが必要で、順番を毎回説明しながら、歯を磨いたり、顔をあらったり、着替えをしたりしなくてはならない。

私は、必ず母に同じ順番で丁寧説明を30日までしていた。倒れていた時はほぼ、私が全てしていた。

1月3日今の母は、身支度を自分で99%できるようになり、外出先のカフェで初めて私に『あそこが、トイレ?』聞いてきた。

私が、『トイレに一緒に行こうか?』と聞くと『一人で行ってみるわ!』と張り切って笑顔で私にいった。

シルバカーもいらないと言って確かな、ゆっくりとした足取りで歩いていった。

凄く心配だったが、我慢して椅子に座って待っていると、母がゆっくりとした足取りで笑顔で戻ってきて、

 

『一人で、トイレに行けたわ!』と言って来た。わしは、笑顔で『凄いね!お母さん。』

 

50ml先のトイレに一人でゆっくりと確かな足取りで歩いて行った。私は、母の後姿を見ながら胸が一杯になった。

 

2014年の冬2月に倒れて頭を打ち血だらけで倒れ、寝たきりなっり早く死にたいと叫んでお酒ばかり飲んでしまっていた母が、なんと今2019年1月一人でビックアイランドのクイーンマーケットのフードコートのカフェのトイレに一人でシルバカーを使わずに行けるようになったのです。

 記憶力も可なり回復してきて、自分がどこに何を置いたかを覚えているようになり、集音器が見つからなかった時にベットの左側に置いた事や3年前に母の親友が肝臓がんで亡くなり母と私がお葬式に行った事など、私が母の好きな歌手で2人で帝国劇場にコンサートに行った名前を聞くと『誰だったかしら?』といって一生懸命思い出して、10分もしない内に『小林旭じゃない?。』と思い出すように言ったり、記憶力も少しずつ回復してきた。勿論、携帯は使えないし、お料理は一人でまだできませんが、可なりの記憶力の回復です。

これは、母の生命力の力の強さとアロマセラピーの効果と励ましながらのリハビリ、デイサービスや介護サービスのヘルパーさん達の総合的な成果です。

 

 認知症には、100人いれば100種類の症状があります。

その状況によって、方法はそれぞれ異なりますが、父の時のように特殊なピック病(前頭葉側頭葉認知症)でも効果は、ありました。生活の安全な環境を整え、リハビリ(身体的:ウォーキング・ウェイトリフティングなど/社会的:デイサービスで家族以外の人とコミニケーションまたは好きな趣味のお教室に通ったり・スポーツクラブに通いクラスをとる。)、アロマセラピー(経口経皮投与)・生きる目標見つける(生きがいや好きな事をする。)が必要です。これは、健常者の健康の基本にもなります。最後の最後に健康的な食生活(野菜と果物中心のバランスダイエット)が大切になります。ただし、これがストレスになると良くないので、バランスを大切にして好きな物も食べながら、健康な食生活をしていくのが大切です。

 

アロマセラピーの経口投与の効能*****

  主に脳の活性化(記憶力の回復・ホルモンバランスの効果:より良い睡眠・抗うつ効果)・身体全体の消炎作用が主な効果(内臓の炎症を抑える・腸内善玉菌のバランス効果など・コレステロールバランスなど)

経皮投与の効果******

 主に身体的に働きます。60歳を過ぎるとほぼ認知症の人々は正確臭覚能力を保持してないので、香りの効果より経皮投与で腕や脚・足の筋肉・皮膚・神経の抗酸化(若返り)効果・背骨にそった優しいマッサージにより自律神経系統の活性鎮静効果・ヘッドマッサージによりバランス感覚を活性していきます。

 

 全て一遍に始めるとストレスになるので、少しずつ環境を整え、アロマセラピーも内服から初めてみたり、また身体的な問題が多いい場合は、マッサージから初めてみたり、目標を決めて認知症のご両親の見守りをして見て下さい。

アロマセラピーのご相談は、Eメール(info@argutha.com)で受け付けておりますので、ご連絡下さい。

初めに30-40分のお電話でのコンサルティングをして健康状態を確認して、ブレンドのご提案をいたします。

元旦のラニカイビーチからの朝日

 

2019年の新年ブログを読んでいただいている方とご家族のご健康と幸多き一年になりますように元旦の朝日にお祈りしてました!

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

info@argutha.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

年末の孤独感と焦燥感・・・生きている限り、希望がある。

  • 2018.12.27 Thursday
  • 01:52

 12月26日 水曜日 気温24度 晴れ

 

 カイルアの朝は雨で始まる。

目が覚めると雨が屋根に落ちる音がした。外はまだ空は真っ暗だ。

3階の寝室から1階のキッチンへ降りて行き、コーヒーを入れニュースを携帯でよんでいると、

その音を聞いてジョンが下りてきてコーヒーを入れた。

『昨晩からの腰痛で目が覚めたんだ。僕の夢の日本人の奥さんは毎日マッサージしてくれるんだけどな?』と言った。

『OK、3階の寝室ででは、貴方の夢の日本人の奥さんがマッサージするから.』と私が言った。

20分ほど彼の為の鎮痛マッサージオイルで背中、肩、腰をマッサージした後に

腰痛用のヨガのポーズを10分程してから、1階のキッチンに2人で降りて行き、

ジョンは率先してグラス1杯の水で鎮痛用のカプセルを飲むと、と母が起きてきた。

昨日は、義理の母家でクリスマスパティーを18人程集まってした時にワインを7杯ほど飲んで酔っ払ったまま母は

ベットに入ったので、お化粧もそのままだったので、母に『お化粧落としてねてないね。』と私が訪ねると。

母は、『 いいのよ。 』と面倒そうに答えた。几帳面だった母は、認知症後全てが面倒で日常の事が出来なくなっていた。

『一緒にでは、顔洗いましょう。』と私が誘うと、母は無言で2階の母が寝ている寝室の横の洗面に上がった。

母の顔を洗い、入れ歯を洗って居間のソファーベットに座ってもらいコーヒーを入れると。

ジョンが2杯目の『 コーヒーを僕もお願いします。 』

3人分のコーヒーを入れてから、母の認知症改善用オイルでヘッドマッサージをした。

ジョンが、私に僕のドリームワイフがマッサージとカプセルを作ってくれたから、起き上がるのも痛くて大変だったのが、

痛みなく動けるようになった。と言って仕事へ出かけて行った。

何気ない、毎日の朝だった。

外を見ると、雨が上がりそうな空に虹がかかっていた。

 

一昨日は、12月24日 クリスマスイブは、母の誕生日でもある。

その日は、家でジョンとカリーナ4人で母の78回目の誕生日を祝った。

何故か母は、誕生日パティーはしないでと言った。

義理の母マーサーは、母の事を思い誕生日パーティーを提案してくれたが、家で『お誕生日おめでとう』と言った。

慎んだ誕生日を迎えた母だった。母の誕生日の思い出は、クリスマスの思い出とかさなり、最後に父と母が一緒だった

母の誕生日は、私が8歳の時だった。母がローストチキン、クロワッサンをオーブンで焼き、父がクリスマスケーキを

銀座の父の大好きなケーキ屋さんで買ってきて家で母の誕生日を祝った心温まる思い出だった。

その後、両親が離婚して、家族そろって母の誕生日を祝う事はなかったが、

私が10歳の時、大切な母の誕生日を祝おうと子供ながらにお料理をして母をまっていると、

姉は、その私に嫉妬して大喧嘩になり、ブランディーグラスを姉が、私に投げつけてその破片に姉が自分の親指を切り、母がそこで帰ってきて、姉を病院に連れて行き3針縫った事件の思い出になった。

この頃から私の人生は、可なり悲しい人生だった。両親の喧嘩と姉からの虐待に毎日だったのだ。

そんな母が、私が17歳の夏にカナダに留学させたのは、私と姉が喧嘩ばかりしているから、お金は大変だったけど

離すした方が良いとおもったからだと説明してくれた。

ハワイの平等院の前にて
ハワイの平等院前にて

 私は、母に本当に感謝している。あの時私が留学していなかったら、今の自分はこの世にいないかもしれない。

17歳の私は、悲しさみのどん底にいた。と母に説明した。

 

人間の人生とは、諦めずに生きているとても素晴らしい事が起きてくる。

それは、『生きている限り希望がある。』・・・・スティーブンホーキンズ博士より

というその言葉そのものである。

20歳の頃ル―ギャリーの病気で10年の命と診断されても、物理学博士になり家庭を子供を3人育て2018年3月76歳で亡くなった。人間は、病気になっても、虐待にあっても、生きている限り、諦めない限り、希望が必ずあるのだ。

 

最近の母は、死にたいと言わなくなった。

クリスマスパティーで85歳の義理の父の友人ボブが

『僕は100歳まで生きるのが人生の目標だ。だから健康に気を使っているんだよ。』と母に言うと、

母はびっくりする事を言った。『私も、自分の母が104歳まで生きたから母を見習って100歳までは生きたいわ。』

 4年前いつも死にたい。長生きはしたくないと悲し事を私に訴えて母が、今100歳まで生きたいと言う事母が言ったのは、

素晴らしい事だ。

 

そして、2018年のクリスマスは、私にとってその希望の続きが拡大する年になった。

 

義理の母マーサーと姉ーアナが昨日のクリスマスパティーで私に素晴らしい世界の1つしかないプレゼントをくれた。

それは、マーサ―の義理の母ドロシーの形見の分けだった

マーサーとアナが、私に、ドロシーはジョンをとてもかわいがっていて、そのジョンが本当に愛する人をみどりと一緒になったのは、素晴らしい事で、私にこの指輪をして欲しいと言ってくれた。

今年家族の一員になったみどりにと、角が擦り切れてオリジナルの指輪の箱を開けると、そこにはスクエアカットのダイアの指輪が入っていた。祖父母ドロシーのお気に入りのダイアの指輪は、私の掛替えのない宝物の一つ。

バーク家の家族の一員の宝物。

ジョンに出会ってから、毎年の寂しかったクリスマスの思い出が、一変して、心温まる思い出に変わっていった。

 

 

生きている限り、諦めずに生きている限りそこには、希望がある。

 

この思いを込めて、私は、HOPE OF LIFEという香水を作成した。

温かくそして深い香り、地球と一体となって全世界の人々と一体になり、孤独感から解放される香りを作成した。

世界中の大陸の香油をブレンドして深く温かい香りにできあがり、この年末の焦燥感を自然に心で受け、

新たな信念への希望がでてくる香りになった。

【 HOPE OF LIFE 】

エクアドル産のパロサント:浄化

ブルガリア産のホワイトローズ:慈愛、無条件的愛

インド産のダバーナ:シバ(破壊の神)の化身

オーストラリア産のフラゴニア:家族愛

ネパール産のスパイクナード:慈愛・マリア様の最期の涙の香り

イタリア産のベルガモット:太陽の香り・高揚

マダガスカル産のイランイランコンプリート:自尊心を高める。

ギリシャ産のキャロットシード:怒りの解放

オマーンさんフランキンセンスCO2:全てのチャクラの整列

フランス産ワイルドアイランドラベンダー:浄化

など他26種類をブレンドしました。

 

 

この香りで毎朝、瞑想をして2019年の新たな素晴らしい年を迎えて生きたい。

 

*LIFE OF HOPEの香りをご希望の方は、info@argutha.com までお問い合わせください。

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母3日目で左脇腹に激痛!(帯状疱疹?) 

  • 2018.12.22 Saturday
  • 01:58

12月21日 金曜日 晴れ時々雨 気温24度

 

寝室の窓から、満月の光が差し込んで朝6時前に目を覚ました。幻想的な月光が5本のヤシの木の上に輝く美しい冬至の日だった。

 

 母を連れてハワイに来て10日が過ぎ、私たちの家族と母との生活が少しづつ落ち着いてきました。

毎日の日課の目標を立てて初めは、母も私が張り切り過ぎてしまったせいか?母が4か目で寝込んでしまった。

 

 ハワイ滞在3日目で、母が突然左わき腹の皮膚の表面に激痛を訴えて動けなくなってしまいました。

脚を上げても激痛で左の肋骨の前と背面の皮膚の表面を触るだけでも、痛い痛いと言って私も焦ってしまい、ふとアメリカで病院につれて行かなくてはならないか?と考えた程でした。

血圧を測ると、上が157下が97で、脈拍が87だったので、母に頭が痛い?と聞くと頭は痛くなくてわき腹が痛いと訴えてきました。

 約7時間半の飛行機で、可なり揺れているのに母は、夕食と朝食の機内食をしっかり食べ、朝食のクロワッサンは私の分まで食べて、カリーナと一緒になって、ハワイの肉まんを食べてたりお煎餅を1袋平らげて、びっくりするほど食欲があったので、血糖値が糖尿病予備軍ほど高い母だったので、食べ過ぎで膵臓が弱ってしまったか、胃が痛いのかと思い、消炎作用の高いカプセルを飲ませてみました。少し痛みが和らいだ感じがあるようだったのですが、

 母は、『皮膚の表面が触ると痛くて、寝て安静にしていると痛みはないから、横になっていれば大丈夫よ。』と気丈にいってきました。

認知症なので何時から痛いかがはっきりせず、母に来る前に転んでいたかったの?と聞くと?

『多分、転んだのかも?来る前から少し痛かったから。でも今は痛くて歩くのも辛いから、横になってる。』 と言って

テレビのあるリビングで横になってテレビを見ていた。

 血圧が安定する夜用のリラックス用のオイルでヘッドマッサージをしてみると、1時間後血圧を測ると、147/83まで下がり

熱もないようなのでその日は、一日横になって安静にしてもらい、食欲もなく、いつも3缶は飲んでいるノンアルコールビールも飲まずにぐったりとした母でした。

 夕方、私はもしかして左のわき腹の皮膚の表面の激痛は、帯状疱疹かも?と考え、オイルを帯状疱疹様に、アロマセラピー用の部屋はいり経口経皮用の2種類のオイルを作り、その晩母のわき腹に塗布しヒートピローで温め浸透を高めので、塗布するのも痛がり、母は、『触らないで、ほっとけば治るからその内、ぶつけたのかもしれないから。』と触られるのも嫌がるほど痛がったが、説明してそっと帯状疱疹用のオイルを塗布させてもらった。

次の朝、母が目が覚めて部屋から一人で歩いて起きてきて、昨日は痛くて一人では、リビングのソファーに横になれなかったのが

なんと一人で座ってから、『横にさせて、みどり。』と言ってきた。

 

 母に、横になる前にもう一度オイルを塗るからちょっと待ってと説明して、オイルを塗布しようとするとやはり目に見えないくらいの小さい薄っすらと発心が皮膚の表面でていて、私は帯状疱疹の確立が可なり高いと考え、その日は、3-4時間1回ほど帯状疱疹用のブレンドを皮膚の表面に塗布して患部を温めて、飲用のオイルも帯状疱疹用に変えて安静に寝ててもらいました。すると朝から食欲もなかった母が、夜になると普通に食べれるようになり、患部の痛みが少しずつ確実に緩和されていった。

母も、『 お薬が効いてるのよ。痛いのがなくなってきたわ。』と言って、

『楽になってきたわ、ありがとう。』と言った。

太裳疱疹用のオイル使用4日目、ハワイ滞在日数1週間後には、肋骨から背面と前面左わき腹の前面の痛みがわきの下15センチ下の脇だけが皮膚の表面が痛い感覚が残って、触っても痛みを発生せず、体をひねったり、左のわき腹に負荷をかけると少し痛みが残る程度にまで回復しました。

寝込んでから6日目にの朝、朝食を食べて調子がよさそうだったので、カイルアビーチパークを90分ほど散歩して、ショッピングモールに行く?と聞くと、『そうね、痛みもないから、行くわ。』と言ってその日は、可なり痛みが低減し多様で、通常の食欲と活動ができるまで回復しました。

 

 

薬(抗ウィルス剤)を使用しても帯状疱疹は、通常1-2週間程で完治しする、通常の免疫力だと打ち勝てるウィールスが神経叢をダメージして疼痛を発症し水痘症の発疹がわき腹など身体の一方から発症する。発熱・頭痛・胃痛などの症状もある。帯状疱疹は感染は通常せず、環境的変化などのストレスや自己免疫低下病(AIDS、膠原病、癌)などが要因で免疫力が低下した人に発症しやすく、かつ50歳を過ぎると発症率がたかまる。激痛がひどくなった人には、神経叢に入り込んだウィールスが痛みや神経痛として長引く場合もある。過去に水疱瘡にかかった人が50%の割合で発症する。 

 

【帯状疱疹用オイル使用記録】

 

12月14日 母が左わき腹肋骨前後に痛みを訴えた。 血圧が通常より高くなっていた。(157/97)平熱。

      オイルを血圧を安定させるように夜用のリラックス用のオイルだけを使用した。(147/83)

       1時間後には、少し血圧が下がった。 

12月15日 帯状疱疹用のブレンドオイル経口経皮投与 1日3回

       左わき腹肋骨前後に激痛。(痛みがだんだんひどくなってきた)午後から、左わき腹の痛み用に、

       帯状疱疹用のオイルを経口経皮用に変えて様子をみた。

12月16日 朝痛みが少しだけ治まった。

        経口投与は1日3回 経皮投与は1日4-5回、帯状疱疹用のに変更。 

       夜には少し痛みが低減。(夜、家族でパシフィッククラブに出かけてワインを2杯のみ 発心がわき腹に発症。

       経皮投与後直ぐに発疹が消えた。)

12月17日 1日安静にして。帯状疱疹用のブレンドを経口1日3回、経皮1日4回塗布する。少しずづ痛みが引いて行く。

12月18日 17日と同様のケアーをする。

12月19日  帯状疱疹用のブレンドを経口1日3回、経皮1日4回塗布する。

      夕方まで安静にして、夜は、義理の姉の息子の誕生日会に出席。夕食を食べてワインを5杯飲酒

      (痛みは、減少したが夜に再度発心がでて、オイルを塗布すると発心が5分もせずに消えた。)ヒート

12月20日 1日3回 帯状疱疹用のブレンド経口経皮投与 。

      痛みは、ほとんどなくなりわきの下15センチ下の肋骨部分がひねると痛くなるほどになった。

      休みながら散歩90分。

12月21日 帯状疱疹用のブレンドを経口1日3回、経皮1日4回塗布する。

      痛みの範囲が10センチ四方に狭まった。散歩90分 完歩1.5キロ

 

主な帯状疱疹用のブレンドエッセンシャルオイル:ヘリクリッサムイタリカム・ラベンダーアンガスティフォリア・メラルーカクィンビフォリア・カプサンシンCO2・ガーリックCO2・オレガノなど

キャリアオイル:セントジョーンズワート・カロフィルムイリウム・アロエベラ・アーニカCO2など

 

合計日数8日間の記録です。薬を使用しなくても発見が早ければ(発疹が出る前)アロマセラピーにて8日間程で痛みがほぼ消えて行く例です。完全に疼痛が消えるまで経皮投与オイルを使用してい行きます。

母の場合は、経口投与は認知症用に12月22日から変えて行き様子を見て行きます。

 

続きは来週にまた書いて行きます。

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

認知症改善のリハビリには、アロマセラピー

  • 2018.12.13 Thursday
  • 16:11

12月12日 晴天 気温24度 カイルア(ハワイ)

 

 

 気温5度の日本を昨晩出発して、気温24度のホノルルのダニエルK イノウエ国際空港に着くといつものトロピカルの空気が鼻腔をとおった瞬間から肩の力が抜けるようにリラックスモードにスイッチが切り替わった自分がいた。

これは、誰もがハワイに来ると感じるのは間違いない感覚だ!

 

 今年2回目のハワイ旅行の母の為に、なるべく快適な空の旅ができるために機内では、ミュージカルな好きな母には、ヘッドホーンをかけてミュージカル好きの母にママミーアを楽しんでもらい、フライトで欠かせないネックピローと機内用のスリッパに履き替えてもらい軽く、夕食後に安眠アロマセラピーブレンドのオイルで首と肩のマッサージをして、安眠機内モードの母と私は、7時間のフライト時間軽く安眠も取れて快適なフライトを楽しんだ。そして、ゆっくりしか歩けないので、母には車椅子を頼んでいる。これは本当に素晴らしい航空会社のサービスでエコノミーでもVIPなみのドアートゥードアー(カウンターのチェックインから通関全てエスコート付)のサービスには、本当にありがたく空の旅のストレスを半分にしてくれました。

 

 ここで、私の母の病状と心身の健康状態を初めて読んでいる方にホリスティック的にご説明します。

母は、現在78歳私を26歳の時に産んで、父とはその後私が8歳の時に父の不倫が原因で離婚を5年間の家裁をへてドロドロの離婚騒動の中離婚が完了しました。

 母は、岩手県宮古市出身、10人の子供を産んだ105歳まで生きた私の祖母の38歳の時の娘、下から2番目昭和15年生まれです。祖母の妹が九州で結婚をしたのですが、子供に恵まれず母を養女に生後間もなくして出していて、その後戦争になり九州は政争の空襲で危ないので疎開かねて宮古市にもどり、10人家族の中でも自分だけ何故養女に出されたのかと孤独感を感じながら生きてきました。

 そんな母は、自分が一番になり注目を浴びるのが大好きで、中高と体操部のキャプテン自称女番長だった。

18歳の時に東京の代々木にある山の愛子美容学校に入学し、三宿に住み、新宿のバーで父に一目ぼれ二人ともその後相思相愛になりデキチャッタ結婚を母が24歳の時にしました。

自立心が強かった母は、私7歳と姉9歳の時にヨーロッパ研修旅行を1か月ほど行き、その間に父は、経営する病院の常勤の若い看護婦さんと不倫に落ちてしまった。(その後、母は、美容院と喫茶店(夜はカラオケバー)を運営し自立した生活し、娘二人を私立の学校に中学生から行かせ、姉は大学に行きそして私は、留学をさせる位母は、離婚後は365日働いていた。

 そんな、母は父をとても愛していた。夫婦相思相愛だった二人、結婚8年目子供も2人恵まれて幸せだったはずのこの夫婦は、元来のプレーボーイの父の不倫が、発端で不倫相手が【結婚しないと自殺する。】と父を脅迫し、相手のご両親が父の病院にまで来て、私と姉もその場にいて父の姉夫婦が仲裁にはいり、怒りと悲しみ感情の渦まきの中私の記憶では、何故だかわからないけどお父さんがいなくなってしまう悲しさが込み上げてきて、ずーと涙が出て苦しくて咳がでてその後から気管支炎になるほど泣いてしまったのを覚えている。その時来ていた姉とおそろいの紺色のウールの半袖の赤いリボンが付いているワンピースそして母も悲しみの渦の真っただ中で泣いていて、父は下を向きながらずっと無言のままでいた記憶が鮮明に残っている。

 記憶の中で話し合いをしていたのは、父の姉夫婦と不倫相手のご両親だったのを記憶している。その後父は、全てを捨ててフランスパリに疾走し1年後に日本に戻り、母はその間、警察に疾走願いを出して、3年出てこなければ父は死んだ者となり、戸籍から消えるから必ず3年以内戻ってくるからと言っていたのを記憶しています。そして1年して帰国した父と家裁で話し合い、その後離婚は5年後に成立した。

結婚後15年目、母39歳で離婚手続きが完了した。しかし、その後母は父以上に愛する人に出会わず、再婚はしないままでした。

(物心つく頃から私は、結婚=苦労という数式を理解し始めていた。)

 元来の健康な母の身体は、宮古で小さい頃から家で放牧していた牛の牛乳を毎日の飲み、新鮮な自家栽培の野菜と目の前の三陸の海でとれた魚介類を食べていたからであり、体操部キャプテンだった母は、体も柔軟性が高くかつ筋力もある、私とは真逆の体質だった。(私は、父の体質)つまり母は、出産のとき以外は、病気とは無縁の元来の健康遺伝子と狂人の精神力で済め手をやり通す人でした。

長年運営していたカラオケバーで毎日ウィスキーなどを飲んでも、どこも悪くならずにいた母でした。。

唯一、弱いところは、幼少のPTSDの孤独感だ。娘たちが成長し、ずーと一人暮らしだった母は、姉が出戻りで母と同居をし、これが実際にはわが家族の癌であり、姉の娘を姉が外で遊んでいる間赤ちゃんの頃から小学校の3年生辺りまで育てたのも母であった。お店を60歳で閉めてから、一人でも友人と趣味のお三味線と小唄そしてスキューバーダイビングを楽しんでいた母は、アパート経営で生計をたてかつ貯金上手だったので十分な蓄えもあるはずだった。しかし、74歳の時(2014年)、お三味線の先生が亡くなり、仲良くしていた友人も癌でなくなり、ばたばた周りの人たちが毎月の様に亡くなってしまったのです。それが、原因でもともと飲める母は一人で深酒が続き、姉は家に戻っても母には無関心、母が泥酔している合い間に母の貯金を蝕むだけの姉、そして小学生の孫だけが心配しているだけだった状態が続いていました。何度も階段から落ちて血をながしても姉は、何もせずにいたのです。母のお金が無くなるとともに姉は、再婚をし家を出て行き、また一人になった母は、泥酔する日々頭から転び、一人で自宅のドアのガラスにぶつかり、頭から血を流して倒れている所へたまたま母の妹が訪れてくれて私に電話があり、急いで私が駆け付けると体中転んであざだらけになり頭から血を流している母が1階の居間のソファーベットで寝ていたのです。

(この時に脳の小さな血管がきれてしむ一過性虚血脳血栓になっていたのです。)

そして、その間、姉が貯金通帳をとって行きかんぽ保険があったので通帳は、マイナスの数字になっていたです。

 母は、大丈夫だと思い込んでいた私は、自分の仕事と父の介護で頭が母のケアーに行かなかった事を後悔した。しかしこの時現実を見て、母一人で私達を此処まで育ててくれた恩返しをしなくては、と一心に心を決めて計画を立てました。そして、母の独立した一人暮らしが母らしくできるように心身の強壮をするリハビリを計画いたしました。デイサービスを週に4回、ヘルパーさんとボランティアのお話相手をする人など、あるとあらゆる公共のサービスを使用して母の一人の時間を少なくしました。

 18歳で私は家をでて、いつも家族とは自分は違うリズムと価値観で生きてきたので同居は不可能だと確信し、それでも、大切な母を期間限定で母のリハビリを定期的にプロフェショナルな目と娘の愛との双方を兼ね備えて行っていく計画にする事で、介護の共倒れを防ぐことができると考えていました。

 一緒にいてストレスを感じて生きて行き家族がそれぞれストレスで病んで行き、近年ニュースなどでも非常に悲しく不幸な結果を生み出しているの日本です。これは、昔からの日本の社会的価値観で親の面倒は同居という固定観念が生み出した悲劇と社会的現象です。

 

このような悲劇を生み出さない為にも、親との同居の罪の意識は開放し、私は母とは、期間限定のリハビリを母が生きている限り行う事にしました。

 この結果、ケアーマネージャーやデイサービスの人もびっくりするほど、寝たきりでおむつをしていた母が、飛行機乗りハワイに暮れる位の体力ができるほどになったのです。このケアー方法は、きわめて簡単、規則正しい生活と軽い運動そして励ましの掛け声、そして一番大切なのが母用のパーソナルブレンドのアロマセラピーケアーでした。

 

 先ずは、母のケアーに集中して、新陳代謝を高めるブレンドオイルを塗布して毎日欠かさず全身に優しく刷り込むように優しいアロマセラピーマッサージをしていきました。

長い時間うつ伏せが無理なので15-20分ほどの間の優しいタッチのマッサージを朝晩2回しました。

寝たきりになってしまってオムツをしていたので、認知症にもなってしまったので、脳を活性化するエッセンシャルオイルのブレンドのカプセルを母に1日3回飲んでもらい。後は、お酒を断つ約束をしてもらいました。これが一番の問題です。

お酒は、依存性がたばこ同様あるので、認知症にもなっていたので、理解力が乏しく、本当にこれが忍耐と継続の連続で我慢してもらいます。初めは、寂しさと時間を持て余す気持ちを紛らわすために飲んでいたお酒が、習慣になりそして知らない間に依存していき、毎日飲まずにはいられない精神状態と身体状態に陥って行きます。

 気をそらすのが一番なので、マッサージをしたり、ストレッチをしたり、後は、1週間に4日間デイサービスに通ってもらい飲む時間を=テレビをみる時間を減らしていったのです。

後は、お酒の代わりにノンアルコールビールに変えて飲んでいる気分にしていきました。

後は、クラリーセージがお酒の依存を解放していくのでこのハイドロゾルと肝臓をケアーするハイドロゾルの入ったブレンドを作り、お水に混合して飲んでもらいました。1年ほどこれを頑張って、毎日継続していたら、ゆっくりシルバーカーを押しながら2-3キロ歩けるようになり、記憶力も、メモをしたり、日記をつけるようにしてもらい少しづつもどってきて、簡単な会話ができるようになって行ったのです。

 

 母は、長年の喫煙と飲酒により嗅覚が、弱まり、60代から嗅覚機能が衰え、(初めの認知症の兆候は、嗅覚と聴覚が衰えて行く事です。刺激物(アルコール・たばこなど)を飲んでいると60代から正確なに香りが嗅げず、音も聞こえない音が出てきます。)今では、ほとんど香りは嗅げないのですが、エッセンシャルオイルの薬効を経口経皮から吸収する事で効果を引き出すことができたのです。

 

 認知症になると、脳内のニューロトランスミッターのセラトニンとドーパミンの分泌が悪くなりじっとしている我慢ができなくなったり寝つきが悪くなったりで、じっと座っていたりするのが難しくなる人が多くなります。長い間高齢になって眠れなくなるのがその兆候です。若い時には、10時間しっかり寝ていたのに、段々とホルモンの分泌が悪くなり長時間継続した睡眠をとれなくなります。またその他の原因として、ストレスや興奮状態にあるとドーパミン方になり眠れなくなります。

母は、安眠用のアロマセラピーのヘッドマッサージをするとセロトニンとメラトニンのホルモンの分泌が高まり、ぐっすり8時間継続して次第に眠れる様になって行ったのです。

 昨年は、約1年間アメリカのグリーンカード(永住権)を拾得するために、日本に帰国できずに母に合えずにいたので、少し認知症も進みかつ運動能力が低下してしまいました。その為に、今年は、この2か月で少しでも母が母らしく母の寿命の最期まで生きられる様にリハビリをハワイのカイルアにて行います。

 

【リハビリプログラム】

  .好吋献紂璽襪箸靴討蓮朝のヘッドマッサージと背骨のマッサージそして足のマッサージを

   15-20分ほど着替える前に行います。

   (オイルが身体に経皮投与で浸透するのに最低限必要な時間5-20分)

 ◆…食前に1mlの脳活性カプセルを1個グラス1杯の水でしっかりと飲んでもらう。

  カイルビーチパークで朝のストレッチと散歩約60-90分ゆっくり焦らずにお休みしながらマイペースで行います。

 ぁ.薀鵐舛料阿烹隠蹌譴稜廠萓カプセル1個グラス1杯の水でしっかりと飲んでもらう。

 ァ.廖璽襪之擇な發練習10分程度。ジャクジで2-3分頭りながら筋肉をほぐす。

 Α.廖璽襪ら上がってから、リラックス用のマッサージオイルで背骨、腰・脚・足を中心にマッサージする。

 (着替える前のタイミングがマッサージのするタイミングです。認知症になると着替えが通常より困難になるのでタイミング見計らって行います。)

 А〕漆前の脳活性カプセル1mlをグラス1杯の水でしっかり飲んでもらう。

(夕食は午後6時までにとると寝る前に消化して胃腸に負担がかからずに質の良い睡眠がとれます。)

 ─〔8時半までにベットに横になってもらう。寝る前には、

   安眠用オイルでヘッドマッサージ、足の循環と神経の活性用オイルでリフレクソロジーを行います。

 

 以上8個のステップを根気強く忍耐強く行います。できなくても、出来てもできるだけ毎日のルーティーンになるように同じような時間に行う事で体内時計をリセットしていきます。お食事は、新鮮なお野菜と果物を中心に献立を考えて行きます。(コールドプレスのジュースを飲んで足りないビタミンとミネラルを補給してもらいます。)認知症になる人の体質の特徴として、高血圧・高コレステロール・高血糖症がありますので、お食事の献立は、砂糖を使わずに、減塩食そして高蛋白質・ビタミン・ミネラルを豊富な食事を揃えます。勿論、余り制限するとストレスになるので好きな物を食べたい時に少量たべるのは大丈夫です。

 

二か月かの成果を皆さんこうご期待!

 

リハビリに必要なオイルは、5点…用活性用と¬詬儖駄架僖悒奪疋泪奪機璽戸僉ΝD用の新陳代謝活性・ぬ詬僖螢薀奪ス用全身マッサージオイル・そして一番大切なデ召虜挧Δ魍萓するサプリメントカプセルブレンドを毎日使用していきます。

 

母は、2日目にして既に進歩的な効果で、階段を一段づつゆっくり下りていたのが左右の足を交互にして普通に上がり降りができるように脳が指示できるようになりました。そして、カイルアビーチパークを2キロほど42分ほどかけてシルバーカーでゆっくりビーチに海を見にいったりしながら、歩けるようになっているのは、寝たきりの2年前からは信じられませんが、まだまだ少しづつ後2か月で安定した歩き方が少しでもできるように、散歩や水中歩行、ストレッチしながらアロマセラピーマッサージを毎日してリハビリをします。

 

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

 

 

女性としての価値は、母になる事?

  • 2018.11.17 Saturday
  • 05:50

11月18日 気温12度 晴天

 

 昨年12月に日本を発って、初めて成田に着き呼吸をすると外国の来た時の様な空気に感じた。

ハワイののんびりとした空気とは、かけ離れた空気だった。

そんな、気持ちの中日本のニュースを読んでると、こんな記事を目にした。

 『母の慈愛を』発言、小池知事は不快感 鳥取知事謝罪 

内容は、小池知事(66歳)が、ハローウィーンでメーテルに仮想し、メーテル(ギリシャ語で母を意味する)のに例えて、

平井知事が、『メーテルのように母の慈愛のここを持って、大都市と地方の折り合える案を考えていただければ』と語った。

小池知事は、子宮筋腫で子宮摘出全摘手術をしており、母としてといわれたが、彼女は母になれなかったので、傷心したのだ。

しかし彼女は、母になれなかった分、多くの女性に仕事も子育てもやってもらえるような環境づくりをしている。と説明した。

 現代の日本女性は、80%つまり10人に8人が子宮筋腫、卵巣嚢腫、子宮内膜症を発症しているのが現実だ。

これは、環境ホルモンと食品添加物の影響が多大にあると推測できる。

今日は、女性としての価値を言及してみたい。

人生50を過ぎると、更年期にはいりまたこの母として女性価値を考える事が多くなってきた。

 

初潮が始まった頃に、私の母が

 『女性として2人は子供をつくることが義務である。1人は旦那様の分そしてもう一人は自分の分。』と言っていた。

そして大学の頃に、人類がこのまま人口の増加していくと食糧危機になる。というニュースを読み。母の言っている事は、

戦後の話だ。と実感していた。

 

 8歳で父が家を捨て、母子家庭で育った私は・・・・

 

  『 結婚、子供、母=苦労 』 という思考が頭から離れなかった。

25歳を過ぎて、就職して、母が結婚の言葉を何度も耳が痛くなるくらいに、

  『子供は早く生まないと育てるの体力がなくなるわよ。』 言っていた。

そして、姉が40歳になった時できちゃった結婚をガーナ人とした。当時私は、38歳。

その時、姉が私に送ったメールが・・・・・死ぬほどつらかった。

その内容は、

  『 私は、家族を作り、生きて行く。

   でもあなたは、家族を作らず、たった一人で死んで逝く。』

  『 私は、子供を作り、生きて行く。

   でもあなたは、子供をつくらず、たった一人で死んで逝く。』

  『 私は、家族と沢山の思い出を作り、生きて行く。

   でもあなたは、家族と沢山の思い出をつくらずに、たった一人で、死んで逝く。』

と長々とつづった私への死(詩)であった。

 母にみせると、姉は妊娠していて気がたっているといって流した。

 この後、私は、辛すぎで姉と音信をたった。

 メールでコミニケーションをその頃、父にこのメールを送ると父は、一言

 『 人間誰でも、一人で死んでいくんだよ。』 

 可なり、納得してしまった。私がそこに居た。 そして享年76年父は、本当に3回も結婚したのに、3人目の奥さんに捨てられて一人で亡くなったです。(最後の介護は私がしましたが・・・・このお話は長くなるので後ほどいたします。)

その後、外資系の会社勤務とアロマティックカンパニーメリッサ設立とプライベートを充実して毎日を自分らしく生きてきた私。

 

そして、52歳の歳で最愛なる幸わせな結婚相手と結婚したのですが・・・・勿論!そろそろ更年期期突入なので子供は作れません。

旦那様には13歳の娘がいて、その娘とは、親友の様な楽しい関係、本当に幸せな私でした。

 

しかしそんな時に、なんと友人のいない旦那様の唯一の大学時代の親友がこの夏、ハワイに家族旅行で12年ぶりに 

子供を4人つれて訪れたのです。

その友人の奥さんが私に

『 Did you ever wanted to have a child ? 』

『あなた、全く子供をうまみたくなかったの?』

忘れていた私の女性として、母として子供を産まなくても幸せな人生を歩んでいたはずの私の心にアッパーパンチが飛んできたのです。そして、私は、なんと傷心していたのに即座に超特急の言葉で!

 『 NO I didn't .』

  『 全然 』

と答えたのです。そしてその言葉を言いながら、自分の強気に驚異していた。

 

女性として自分の子供を産まないとならない義務感が毎日、毎日押し寄せてきた。

そして50代の出産などグーグルってみたりしてしまった。

勿論、産む気はないのです。

そして、この傷心した辛さを流すように私は、『WOMAN』 という香水を作り瞑想し続けた。

自分の真実の価値観を高めて自己愛強める。

この香りは、地球が全てを包み込み、自然体の自分でいていいという事を伝えてくれる香りです。

現実を受け入れ一人の女性としての価値観と自尊心を高めてくれる香りにより、次第に傷心した心から解放されました。

 

そして、

カイルアからダニエルKイノウエ、ホノルル空港へジョンが送ってくれた車の中で、初めて自分の傷心した心を彼に伝えられました。彼の唯一の親友の奥さんだったので、言えずにいたのが…

自分の子供を産まず此処まで生きてきた私は、安易に子供を作れず、そして子供を欲しいと思った相手に適齢期に巡り合えず、

今私が最愛なる彼と出会い、彼の娘と彼をとても大切思っている。と伝えると、彼は、

『アマンの軽率な言葉で傷ついていてごめん。だけど彼女は、メキシコ人だから故意に君を傷付けようと思って行ったんじゃないからね。そうそう、それに僕と結婚したから、もれなく大きな赤ちゃんのカリーナ(13歳)が付いてくるから、カリーナを娘だと思っててくれたら嬉しいよ。』

 彼に傷心した事を伝えられて、またそこで今まで貯めていた心から解放されたのです。

 

女性は、母になる為に生まれてきた時代は、過去の事で、や現代の環境は自分でそれを責任もって選択し

 『自分らしく生きて行く事が大切!』 

小池知事の件も含めて、また女性一人一人が、男性一人一人が、そして社会がそれを認めて行く事が大切です。

子供を産まなくても、社会貢献して生きて行く事で、この地球の繁栄を維持して行く事は可能な時代です。

 

環境破壊の為、また家族に恵まれなかった為、人間のホルモンバランスが過去と異なり、母性が、女性ホルモンバランスが

過去の女性と異なる現代女性の社会的地位を確保していくのが大切!

小池知事をはじめ、その幕は上がっているのは、確実です。

 

P.S 『WOMAN』の香水にご興味がある方が、是非Eメールにてご連絡下さい。

info@argutha.com

 

LOVE&ALOHA

 

MIDORI 

 

 

 

 

 

 

 

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