脳梗塞・頸動脈狭窄症の後遺症に対応するアロマセラピー

  • 2019.07.08 Monday
  • 01:50

7月7日 サンデー 気温相変わらず24度 七夕の日 晴天 天の川見えるかな?

 

 

我が家からの今朝のオロマオ山脈の景色

 5週間のヨーロッパのアロマティックジャーニーから2日かけてハワイに戻ると

 

飛行機を降りたとたんに肩の力が抜ける。

 

適当に湿度のあるトロピカルプラント達の方向微粒子が一杯詰まった空気を吸う!

 

トレードウィンドが流れる空気は、そこに到着するだけで何かシフトするようにリラックスしていく。

 

ヘリクリッサムイタリカムの花

脳梗塞は、ハワイでも勿論多くの人が発症するとても深刻な病気だ。

ハワイに戻り、一番の予約は、36歳の男性で頚動脈狭窄症の後遺症のケースでした。

 

命を取り留めても後遺症を放置してしまうとが一生この後遺症と生きて行かなくてはならない。

 

若年性脳梗塞も、情報社会とストレスが高まる現代社会で多くの若者が発症する。

 

23年アロマセラピストをし、脳梗塞の後遺症にアロマセラピーは、効果を発揮する。

 

トリートメントの効果が、素晴らしく発揮したケースをご紹介します。

 

(例)

ハワイ 在住の36歳の男性

高血圧症・ハイストレスな職業(コンピューターエンジニア)身長170cm・体重75キロ

健康には、毎日気を付けて野菜中心の食事を心がけていた。

3か月ほど仕事のストレスが高まり、座りっぱなしの時間が一日の大半を費やす。

2018年4月肩が凝るので自分で首をストレッチしていたら、突然妙な音が頸椎からした。

そして、その後気分が悪くなり、頭痛とめまいがして救急車に運ばれて、左の頸動脈狭窄症で手術と入院する事1か月。

頸動脈狭窄症で、脳に血液がいきわたらなくなり、脳こそくと同様の症状が発症する。手のしびれやまたは動きが鈍くなる、めまい、吐き気、足のしびれ、違和感、または感覚が鈍くなる。

 

退院後、3か月病院でフィジオセラピーを受ける。

その後、3カ月間自宅で過ごす。可なり動きは、良くなり、ゆっくりと歩行できるようになったが、右側の手脚の感覚が鈍く温度など感知する事ができない。めまいが時々ある。直射日光など強い光に敏感になる。(一人での外出は不可能。)半年後、ご両親が心配して、アロマセラピートリートメントを始めた。

 

この状態で、全身アロマセラピートリートメント(特にヘッドマッサージから頸椎・脊椎・仙骨)を中心に行い。2回目のトリートメント後、右側の感覚がもどってきた。

3回目のトリートメントでその後、ピリピリと痛みを感じる右半身の敏感症が緩和されて、一人で外出が可能になった。

 

使用するオイルは、ヘリクリッサムイタリカムを中心にした天然のエッセンシャルオイル12種類(モノテルペン系・オキサイド系・アルコール系・エーテル系・セスキテルペン系などブレンド)のオイルをブレンドして全身のトリートメントの相乗効果も伴い素晴らしい即効性で、クライアントの毎日の生活のクオリティーが向上し、アロマセラピーの香り以外の効果効能を実感してもらいました。

 

人間の血管は木の枝と葉の様にいききとしていないとならない。

 

その他、56歳の男性脳梗塞を3年前に発症し、やはり右半身が不自由で杖を使用して歩いていたケースですが、アロマセラピートリートメントを3回ほど受けると杖を使用しないでも歩ける用になり、香り以外のアロマセラピーの効果効能を実感したケースです。

 

天然の高品質なエッセンシャルオイルの効果効能は、経験豊かなアロマセラピストにより素晴らしい効果をトリートメント(経穴点を刺激鎮静・ニューロマスキュラ―マッサージなど)を取り入れて生きている数万個の芳香微粒子を神経組織・血流に浸透させていくブレンドで効果効能を発揮していきます。

 

7月12日から29日まで東京青山一丁目のレンタルサロンにてこのアロマセラピートリートメントのご予約を承っております。

ご予約お待ちしております。

ご予約は、E-mailにて受け付けております。

info@argutha.com

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

 

 

 

 

南仏のアロマティックジャーニー パート2

  • 2019.07.02 Tuesday
  • 02:02

 

続き。。。。。( フランスから帰国後、時差ボケの明け方に起きて書いております。)

 

車を走らせること4時間、ドローム地方のライムストーンと松の木などの針葉樹などのアルプスの険しい景色から平野に入り、

乳牛やヤギ、馬の放牧がのどかにみられる景色に代わり視野が広がった。バレンス町の西にある町シエリアックに到着し、若手2代目の蒸留者のカップルを訪ねた。

 フローレンとアンドレアは、親や叔父様が蒸留をしているのを見て育ち、有機農業とエンジニアを勉強して2年前から自分達で蒸留をし始めた32歳の若手の蒸留者だ。

 月の満ち欠けに沿って農業と蒸留をする事により、より効果的にそしてエネルギーの高い植物達を育てて蒸留する。

彼の一番の熱を入れて蒸留するのが11月の新月の日から蒸留を初め、21回程何度も蒸留してαピネンの成分を高めてより効能の高いパインスコッチを蒸留して行く。またフランス特有の野生のローマンカモマイルの株を小分けにして栽培して、3年後に蒸留して行く。オーガニックの植物を蒸留して行くには、2-3年の月日をかけて植物を育てて蒸留して行く。そして水は、湧き水を濾過して使用している。素晴らしい南仏の自然のエネルギーが満ちたエッセンシャルオイルを種から作っている若者達に出会った。

 

 私達が訪れた日は、森から野生のレモンバーべナを収穫して、蒸留した。

彼らの使用している蒸留器は、ドイツ産の最新の蒸留器で水蒸気が圧力と熱で上がってくる管が太くそして短い、これはいったん上がった蒸気が管が細いと植物に再度落ちてしまうのを避けるためだ。いったん植物に落ちた水分は再度蒸気として上がらないので、水蒸気をより能率よくコンデンサー(冷却器)に運び込む仕組みの為管を短くそして吸引されやすいラッパの様な形に作ってある。

 

キャプション

そして、60キロ程のレモンバーべナの葉のついた枝を蒸留器に入れて2時間半程蒸留すると、産出量はなんと28ミリそして50リットルのハイドロゾルが抽出された。蒸留し始めて15分もする優しい爽やかな柑橘系の香りが嗅覚を刺激して、私達の心を癒しだした。レモンバーべナの可憐な優しが私の心を癒しそして、4月に亡くなった親友の悲しみにそっと手をさしだして包み込むように悲しい心が少しづつ癒されていくのを感じた。

 

そして若手の蒸留者達の情熱の溢れた彼らの、未来の夢に話を弾ませ、チーズとフランスパンを食べながら話に花が咲いた。

 

次の日、目を覚ますと雨が降っていた。今日は、グラース近くのローズセンチフォリアやジャスミンサンバック・バイオレットの花を有機栽培してキャンディーやシロップつくりをしている、ペイ ド オードリーを訪ねる。

 グラースは、坂が多く、多くの場所が細い道でボルボのSUVがすれすれの所をGPSを頼りに到着したのは、75度くらいの急斜面の道を上がった場所だった。4代続くイタリア系の家系の子孫で、リタイアする為にグラースに戻り実家の有機栽培業を受けついだ気さくな叔父さんテリーが案内してくれた。おそらく、叔父さんと言っても私と同年代だ。

全て手作業で、オリーブ・フレンチローズ(ローズセンティフォリア)ジャスミンオフィシャナリスとグランディフォリア・バイオレット・モロカンミントを栽培して、砂糖菓子やシロップを作っている。私は、バイオレットの透き通る香りと甘さに感動して、シロップを購入した。

シロップは、ポークチョップやラム料理などのソースに使うと良く、花びらを砂糖で加工したの物は、シャンパンやカクテル・ケーキの彩を付ける。とてもエレガントな、生き方に感動!

 

その晩泊るB&Bは、カンヌとグラースの間のビーチ沿いにあるやはり高台の絶景の場所。細い坂道を幾つも走らせてつくと、そこには、オレンジ畑に囲まれたやはり、リタイアしたご夫婦が運営するB&Bだった。優しい笑顔で案内してくれると、プールが目の前の部屋に案内してくれた。

彼ら達も趣味で、蒸留をしていてペティグレンビガレードやネロりを蒸留している。

南仏では、エッセンシャルオイルの蒸留者の歴史が長い為、まるで日本の味噌づくりの様に引き継がれて行く文化がフランスにはある。そして、彼らのガーデンには、イチジクやザクロそしてキンカン・タンジェリン・バレンシアオレンジなど多くの植物達を栽培している。

 

 フランスの地球と一体となったエレガントな夫婦2人で仲良く愛に溢れた生活を楽しみ、オーガニックなライフスタイルとガーデニングをしながらB&Bを経営して人生を2人で楽しむリタイアメントライフスタイルに感動した。

 

 私は、長い旅の一日の疲れをとる為にそして、心をオイル達に癒してもらパーソナルホルモンバランスブレンドのカプセルを飲んで目を閉じて深い心地よい眠りについた。

 

朝目を覚ますと窓の外オレンジの木々の向こうににエーゲ海の海と大きなクルーズ船が海に浮かんで見えた。

 

今日は、いよいよ!ラートュールにある何時もプロバンスに来ると訪れる蒸留者のクリストファーの所のオープンハウスに参加する為、ペテイットデジャネ(朝食)を7時半にすまして、重たいスーツケースをボルボのSUVに乗せて、

GPSにアドレスをインプットしいざ発進!

 

プロバンスは、2-3時間かければ大腿どこでも車さえあれば行かれるのが素晴らしい!

そしてGPSの素晴らしさにも感動!

路に迷っても、私の大学時代カナダで学んだ片言のフランス語で道を尋ねるとフランス人は、日本人に優しく道を教えてくれる。

 

リビエラの高級リゾート地区からまたライムストーンの険しい山の中に2時間程車を走らせる。

険しい山道は、少しだけ母の故郷の岩手県のリアス式海岸を思い出す。

凄い勢いで、自転車の集団が険しい山道を登っている。そしてよく見ると可なりの高齢の人達の集団だった。

 

村の傍らにある、ディステイラリのサインを曲がると砂利道にはいり小さな小川を車でゆっくりと走らせて到着すると、既に

地元のフランス人の人たちが40人程集まっていた。

今日は、オープンハウスなので、ローズマリーオフィシャナリスCTシネオールの蒸留をクリストファーが説明しながら

ハイドロゾルの試飲などを交えながら進行していった。

 

野生のアロマティックプラントとオーガニック栽培のアロマティックプラント両方ここでも蒸留している。

ここでも、蒸留器が特別な物を使用していて、コンデンサーが蒸留器の周り小さな管がいくつも円状になりついている。

スチームが直ぐにクーラー(冷却器)に入り、生産性を高める仕組みになっているまた、蒸留器とクーラーが一体になっているので

場所を取らないのも特徴である。かつクーラーの管が通常螺旋状になっているのであるが、蒸留器の周りに直線的に整列しているので蒸留した後のクリーニングが完璧にできる。

 

ローズマリーは、葉が付いた枝ごと蒸留器に入れるので、隙間があかないようにお触れ出ているローズマリーの上を子供たちが

踏み込んで行く。おおよそ600キロの大きいな蒸留器に155キロのローズマリーを入れた後、しっかりと螺子で閉めた後火を入れる。

 

待っている間に、伝統的な南フランスの野生のアロマティックプラントの収穫方法を学んだ。10メートルほどのコットンの布を

二つ折りにして肩の部分をクロスして胸の部分で結び、大きな風呂敷を纏う様にして山の中を歩きながら収穫して行く。

やはり凄い重労働だ。

トラクターなどの入らない険しい山の中を歩きながら、野生のアロマティックプラントを収穫して行く手慣れた人でも

1日かけて平均20キロから30キロの収穫だ。クリストファーは、慣れているので50キロ―60キロ一日で

収穫する。アロマティックプラントは、厳しい環境の中で育てば育つほど、芳香分子を多く含有される。

何故ならば、方向性分は、植物の免疫力であり生存するために必要な自己生存を存続させ為の成分だからだ。

人間も同様な気がする。多くの経験をすればする積み重ねる程、より生存力が高まる。

戦後粗食で過ごしてきた、今の高齢者達がそうだ。

私達戦後の世代は、物に恵まれて育った分、多くの慢性の心身症を発生しながら生きている。

植物が私達の数億年の遺伝子レベルの祖先だったように、植物と私達動物は、同様に生存して行くと痛感した。

蒸留が終わる間、贅沢にも野生のアルパインラベンダーのハイドロゾル100%のお水でフットバスのサービスがあった。

足を入れると、冷たい水とラベンダーの甘い優しい香りとで足の疲れがスート抜けて行った。

ベジタリアンのルデジャネ(ランチ)は、 オーガニックバルーガ(フランスの大麦)のトマトサラダとキッシュそしてキャロットケーキにエスプレッソだった。

 

辺りは、ローズマリーの香りに包まれて食欲増進!

 

ローズマリーの蒸留が終わると、参加者の人々が持ち寄ったグラスの瓶にハイドロゾルが配られた。

155キロのローズマリーを2時間蒸留する事700ミリのエッセンシャルオイルが抽出された。

此処でやはりエッセンシャルオイルの貴重さを実感する。

野生のアルパインラベンダー(標高1800メートルに生息する)は、100キロのラベンダーから1キロのラベンダーが抽出される。

ローズセンチフォリアは、なんと5000キロから1リットルのエッセンシャルオイルが抽出される。

 

 

野生のアルパインラベンダーは、香りがとても柔らかく、素晴らしいくリラックス効果が高い。

 

【 標高1800mの南仏アルプスで生息しているラベンダーアンガスティフォリアエッセンシャルオイルのご案内 】

年間の産出量が少ない限定エッセンシャルオイルで希少価値ですので是非この機会にご注文下さい。

香りは、深く浸透するようなフローラルの香りで心身をヒーリングするバイブレーションも一際だちます。

効能:不眠症・消炎作用・抗痙攣作用・ストレス解消・鎮痛効果など
 スピリィチャルメッセージ:心を温かく癒していく。優しいラベンダーは、人生の辛い時期を乗り越えるクッションの様に私達を支えてくれます。スピリチャルのレベルの高い、野生のラベンダーは全てのチャクラの合間をダンスするように香りを流しエネルギーを自然に流していきます。

価格:4ml 3800円(会員3040円) 10ml10800円(8640円)
 30ml23620円(会員18896円)

アルパインラベンダーのフットバスの効果と夜用のホルモンバランスカプセルの相乗効果でこの日私は、ぐっすりとまたまた

快眠、ハワイを離れて3週間以上が過ぎてきているが、体調は好調です。

 

残り約2週間は、南仏のカステレンでのアドバンスクリニカルアロマセラピーセミナーのへの参加をします。

 

 

*7月12日から29日まで東京 青山一丁目のレンタルサロンにて 素晴らしいエネルギーの高いエッセンシャルオイル

を使用してパーソナルブレンドをコンサルティング後作成してアロマセラピーヒーリングトリートメント(90分)をご提供しております。(全身トリートメントは、ニューロマスキュラ・筋膜・指圧・リンパドレナージュ・アロマ鍼灸(針を使用しない鍼灸)・ロミロミマッサージ・レイキヒーリング・リフレクソロジーを取り入れた独自のトリートメントになります。)

是非この機会にご予約下さい。

ご予約は、info@argutha.com にて受け付けております。

ご連絡皆さまお待ちしております。

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南仏のアロマティックジャーニー パート1

  • 2019.07.02 Tuesday
  • 00:28

 

南仏のアロマティックジャーニー  6月11日から26日

 

生憎の雨のルーマン城にて

クロアチアのスピルトから90分程で南仏のニースへのフライトは、あっという間に到着した。到着した日は、生憎の曇り空で、南仏の爽やかな青空で迎えられなかった。5月の下旬位から日没は、8時過ぎで、エリザベスと私は、夕方のフライトで到着しても辺りは、まだ明るかった。

クロアチアのスピルトで実は、私は食中毒になってしまい。前の晩食べた焼き魚が、妙な味がしたので不安になりながら食べたら、食後5時間半後丁度真夜中12時半頃に急に気持ちが悪くなり、トイレに駆け込んだ。その後、水を少しずつ飲みながらトイレに行き嘔吐を繰り返した。夜中の2時間後少しずつ嘔吐が収まり、頭痛と発熱を催した。常用していた私のパーソナルブレンドの夜用のカプセルに、ふらつきながら5滴のオーガニックオレガノエッセンシャルオイルを5滴入れて、グラス一杯の水で飲みほした。30分位経過した辺りから、少し気分が悪いのが落ち着いてきて、うとうとと眠ると、4時半位に再度気持ち悪くて目が覚めた。そして、ベッドで気を失うかと思うほど気持ち悪く体から力が抜けて行った。ゆっくりと私は、体を起こし、枕元に合った、パーソナルブレンドの夜用のカプセルにゆっくりと手を伸ばし、再度オレガノオイルを5滴程足して、グラス一杯の水でカプセルを飲む事30分程すると嘔吐が収まった。発熱と頭痛はまだあったが、私用の夜用のブレンドカプセルにカモマイルローマンやメリッサオフィシャナリス、野生のアルパインラベンダーなど鎮静効果が高いオイルが含有されているので、気持ちも落ち着きうとうと眠りに入った。しかし、食中毒の毒素は、再度3時間後7時半ぐらいに体内で暴れだし気分が悪くなり、目を覚まし、今度は3滴オレガノオイルを足して飲むと、20分もしない内に嘔吐が収まり、水分を補給できるようになった。その日、エリザベスは念願のゲーム オブ スローンのプライベートツアーに予約していたので、早起きして私の部屋に来て、一言『 どうしたの?』と聞いて、私が、『昨晩の焼き魚に能った。味が変だったから。』焼き魚はしっかり焼いてあったが、何故か味がまずかったと説明すると、『オー シット  』とつぶやき、せっかくプライベートツアーに予約したのにと言う顔色で、私を見たが、余りにも私が具合悪くしているので、心配して何かあった時に滞在していたアパートの持ち主に連絡してくれた。』その後、3時間おきに3滴ずつオレガノオイルを既存のカプセルに足して私は、部屋で何も食べずに、お水と丁度持ってきた梅干を少し食べて、部屋で横になっていた。午後5時過ぎ丁度魚を食べた11時間後にやっと発熱と頭痛が収まり、体に力が出てきたので外に出て早く良くなるために、オートミールを買いに外にでた。スピルトのお城のすぐ近くのアパートだったので少し観光を使用という気持ちがあったが、1日何も食べずかつ食中毒だったので、体に力が入らず近くのお店でオートミールを買うのがやっとだった。オートミールを作り、オイルを再度夜7時位に飲みその20分後にひと肌程度の温かい緩めオートミール少し食べるとやっと体に少し力が入りだした。ハワイのジョンにも、グーグルハングアウトのビデオトークで話すと、安心してくれた。オレガノは、長旅には、欠かさず持って行かなくては、ならない教訓は、3か月のインドのヨガ修行の時に学んでいたので、本当に救世主だった。梅干は、戦時中東南アジアで医者として勤務していた叔父が、梅干のおかげで、腸チフスから治癒した話を聞いていたので、梅干も長期の旅行には必ず私は、持って行く。薬よりも梅干が何よりだ。と胃腸科の専門医の叔父が行っていた。そして、梅干の塩分が体内のPHのバランス整え、お水と飲むことにより、脱水症状を回復する。オレガノは、天然の抗生物質なのでオレガノと梅干は、無敵の私の旅の友だ。

 病み上がりの私は、その後採食主義に戻した。(ヨガの修行中10年間ビーガンだった。ハワイに移住後オーガニックのお肉と小魚を食べる様になった。)後、以前にフランスで、サラミにあたった経験もあり、お肉と魚を食べない様にした。という訳で、私は到着後、夕食は、野菜スープを軽く食べて空港の近くのホテルで体を休めた。

 次の日、目を覚まし窓の外を見ると、コートダジュールの真っ青な青空が広がり、太陽が気持ちよく照っていた。気温は23度だった。そして、クロアチアでハードスケジュールだったので、フランスのホテルは、本当に部屋が狭く、スーツケースを開けられないので、部屋ではゆっくりリラックスできないのが常だ。

私達は、お昼までゆっくりと半日、ホテルのカフェブランチで本場のカフェオレを飲みながら、南仏のアロマティックジャーニーの経路計画を確認した。

そして、空港までシャトルバスで戻り、エリザベスと2人でレンタカーをした。勿論GPS付きのレンタカーにし、そしてオイルの買い付けの為特大のスーツケースを抱える私達は、レンタカーのカウンターで車をアップグレードし、少し贅沢だったが、ボルボのSUVにししいざ!南仏のアロマティックジャーニーを開始した。

 その日私達は、フランスのスピード強ドライバー達に負けないくらいハイウェイを飛ばし、ニースから北西に車を時速140キロで走らせ、グラースやカンヌを通り過ぎる事約3時間で、ルールマラン村の端っこの築100年以上のビンヤードとオリーブ農園を経営しているB&Bにチェックインした。部屋に入ると、アンティークのオリーブ色のキングサイズのベッドが壁を挟んである部屋で、エリザベスと私は、大満足!ホテルでは、味わえない広さだった。長旅の為、私達は、B&Bのオーナーと近辺の観光の見どころなどを訪ねながら、私達の片言のフランス語とオーナーの片言の英語でコミニをした。ヨーロッパの宿は、ほとんど階段なので、オイルとハイドロゾルが詰まっている私達の重たいスーツケースを部屋に運び入れるのは、一仕事だった大変だ。

 次の日は、天起用法によると生憎の雨毛様の様なので、アロマセラピーのミュージアムを訪れた。そこには、中世の時代貴族たちの為に蒸留されたエッセンシャルオイルの蒸留器や研究室そしてナチュラルパフュームのブレンド用のオイルが陳列されているアンティークデスクなど、夢の様な世界が広げられていた。唯一そこで陳列されていたサンプルのオイル達は、可なり古いのか酸化が始まっていて嗅ぐと臭かった。外に出ると小雨の中、アロマティックガーデンがあり、ラベンダーの開花には、まだ少し早く蕾のままで、ローズせんてぃフォーリアは、5月が開花の時期なので残念ながら見どころを逃していた。唯一咲いていたのが、クラリーセージだっうた。薄ピンク色と薄い紫が可憐に1メートル程に成長した九ラリーセージの茎と葉の間にピラミッド型に咲いていた。 そして、アンジェリカやジャスミングランドフォーリアなどが元気よく茂っていた。雨の中、オリーブ畑やリンゴ、チェリー畑の中を駆け抜けて、私達は近く城下町のカフェで昼食をとった。

南仏のランチは、ゆっくりサーブされる為、1時間半程予定しておくのが良い。私は、セットメニューのチーズ盛り沢山のボリュームサラダとカプチーノを食べた。城下町で、オーガニックバルサミコ酢の専門店に入るとラベンダーやバジル、ジンジャーそしてクミンなどを煎じている珍しいお店に入った。試食もできて、大満足重たいスーツケースに、お土産様に1本ラベンダーが煎じられているバルサミコ酢を買ってしまった。

 その日は、早めにB&Bにもどり、南仏のビオ赤ワインとまたまたチーズと少し雨で冷えた体に、5種類のビーンズスープを食べて眠った。

 プロバンス地方の北、ドローム地方に次の日は車を走らせて辺り一面蕾のラベンダー畑を見ながら、険し山道をエリザベスは、慣れたハンドル裁きで、パナマの警察官から学んだアグレッシブ(可なりの強引な)なハンドル裁きで車を走らせた。

GPSに次のB&BのアドレスをいれてB&Bの目的地が出てこないので、町の名前をいれてとりあえず車を走らせると、南仏のグランドキャニオンの町でランチを取り、車を走らせると事3時間、新緑深い山道に車が飲み込まれていく様に車を走らせた。

風が少しずつ冷たく感じライムストーンの山肌より、針葉樹の黒松やモミの木が生い茂る山中のスパニッシュブルームの黄色が目に鮮やかに入ってくる道になって行った。ドローム地方は、オーガニック栽培が殆どで、バタフライガーデンなどがあり、大自然のアルプスの真っただ中にある地方にローム川が流れていて、現地のマーケットは色とりどりの季節の野菜や果物そして南仏のバスケットが手御頃な価格で買える。全て現金なので、沢山現金が必要な、南仏の旅は、毎回痛切に感じる。フランス人は、カードの手数料を嫌うので、殆ど現金での支払いが主流になる。

 寄り道をしながら、のんびりとした気持ちで車を走らせていたら、いつの間にか夕方7時になっていた、6月の南仏の日没は9時当たりなので気が付くと真夜中になってしまうので、エリザベスと私は、日が沈む前にB&Bにつけるように急カーブの続く山道をドライブした。何とか目的地のバーナブィ村に着くとそこは、本当に本当に小さな村でメイン道り以外は、畑と森だった。そして、到着の時間を連絡していたので、一人のロシア系の体格の良いバーバラが私達をまだかまだかと待っていてくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バーバラのB&Bは、坂道に沿って建てられた伝統的なフランスの一軒家を改装した可愛いお部屋だった。私は、大きなバスタブがあったのが一番気に入り予約をした。専用の駐車場というより空き地に車を止めて、50m程小さなバイクに台車が付いた荷物を運ぶ専用バイクに、なんとバーバラは、私達のスーツケースを軽々載せて、エリザベスが彼女の横に乗り、私は、歩いてその後を追った。ついた場所は、洞穴の様なお部屋に、素敵なキッチンとアンティーク調のクイーンサイズのベッドとソファーや机が素敵に並べられたしっくりと来るお部屋だった。私は、ツインで予約したというというと、バーバラは、大丈夫直ぐ持ってくるからといって。彼女は、またまた軽々と私達のスーツケースを部屋に運び入れた。エリザベスと私は、彼女の力持ちに驚き、エリザベスは、きっとリタイアしたロシアのKGVだ。と2人で大笑いした。10分ほどするとバーバラは、またまた軽々と折り畳みのシングルベッドを持ってきて、あっという間にベッドリネンをセットして、明日のブレックファーストは、外のガーデンで食べてね。と言って何時が良いか、確認してくれた。私達は、8時にお願いしますというと、OKと言った。エリザベスが、このB&Bは、1人で経営しているのかと尋ねると、彼女は、『勿論、そうよ。』とにっこりと笑って部屋を出て行った。石造りの素敵な部屋の欠点は、WIFIの電波が殆ど届かず、残念所だった。私は、ブログを書く事をほぼ諦めて、明日の元気の為に、夜用の私の心のヒーリングブレンド用パーソナルブレンドのカプセルを1つ、グラス一杯の水で飲むと瞼が緩み眠りについた。夜になると、ふと4月26日に息を引き取った大切な親友を思い涙が止まらない時があるので、このカプセルで心を落ち着かせる。

 明け方、5時には目が覚めてしまう私は、早起きをして肌寒いドローム地方の朝唯一持ってきた長袖のチェックのシャツを着て外に出てWIFIの電波をたどりながら、ジョンに滅セージを送った。フランスに入るとブルガリアから私は、万が一の為グーグルマップのペアリングをジョンとして、私の位置をジョンに確認してもらっていたが、一応1日1回は、生きている事を知らせたかった。気が付くと、WIFIの電波は、バーバラの家の玄関前が一番強くすぐ横に美しいバラが丁度満開に咲き誇っているバラガーデンだった。ドローム地方は標高が高いので丁度バラの開花の時期だった。私は、肌寒い中美しいアルプスとローズの写真をとり、ジョンに『ボンジュール マイラブ 』とメッセージを送ると!『わー!ビューティフル』と送り返してきた。

 フランスのアルプスの山々に囲まれて、フレンチローズに囲まれて私は、カフェオレを飲みフランスのペティットデジャネ(朝食)を楽しんだ。

 

 

この次は、次のブログに続きます。

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

 

 

アロマティックジャーニークロアチアの旅ヘリクリッサムイタリカムエッセンシャルオイル

  • 2019.06.15 Saturday
  • 12:54

 

5月31日から6月9日までクロアチアダルメシアン地方のアロマティックジャーニー

 

 セントジョーンズワートの香りと共に心地よい睡眠をとり心地よく目を覚めた。窓の外を見ると真っ青の青空が微笑んでいた。今日は、待ちに待った野生のヘリクリッサムイタリカム蒸留だった。アンテは、通常開花後少し種を付ける頃に蒸留するのだが、私達の為に特別蕾のヘリクリッサムイタリカムを蒸留してくれる。

キャプション

 車で1時間ほど山に入り、ローマン帝国が作った紀元前の石瓶の道を進むとそこには、道なき道が存在し10キロ程車を飛ばしながら、アンテが『ローマンがたどった道には、必ずハーブ達が生息するんだ。』と言いながらチェコ共和国のスコバの車を飛ばしながら、気温24度の心地よい乾いた風に髪を靡かせながら微笑みながら話してくれた。

 たどり着いたメドウには、辺り一面数キロにも渡る草原とオリーブの木が無造作に飢えられている草原に、色鮮やかな黄色のセントジョーンズワートとまだ蕾のヘリクリッサムイタリカムが生い茂り、その間を紫のセージや白や淡いピンクのクローバーが生い茂っていた。

 ヘリクリッサムイタリカムは、茎がとても乾いていて固いので採集にある程度の力が必要になる。葉はとても乾燥していて、やわらかい短い毛がベルベットの様に密集して地面に近い所に細長く短い葉がついている。葉をこすると香りがふわっと嗅覚を刺激して来て心が安らぐ。茎は、とても乾燥していてなわの様に強い。素手ではとても刈り取れない為、鍬の刃にギザギザが入ったもので刈り取る。黄色い蕾は、固くやはり乾燥している。開花すると山吹色の濃い花が咲き、細かい3みり程の花弁が密集していて、やはり触るとふかふかとしていてベルベットの様にやさしい。この乾燥している気質と柔らかなベルベットの表面が、ヘリクリッサムイタリカムの効果効能を示唆している。ベルベットは優しさそして鎮痛作用・鎮静作用を象徴し、毒素をスポンジの様に吸収してくれる。ヘリクリッサムイタリカムは、薬剤で疲れた(化学療法など)肝臓機能を優しく解毒し蘇生させる効果効能がある。また、リュウマチなどから痛みの緩和、怪我などの痛みの緩和効果がある。

 義理の母マーサの膝の痛み寛容の軟膏に使用したところ、いつも階段を上がり降りするのが辛かったのが難なく階段を上り下りできるようになったくらいパワフルだ。この軟膏は、素晴らしい即効性がと持続性があり、ジョンの肩の関節痛も朝晩2回使用するだけで、何時もの痛みが半減した。神経の痛みにや関節痛に効果を発揮する。素晴らしい効果のあるのが、ヘリクリッサムイタリカムだ。 また内服するカプセルを使用すると化学療法で疲れ切った肝臓を癒し、肝機能の正常化し免疫力を高める効果も素晴らしい。そしてスキンケアーは、抗酸化作用が高いので皮膚の若返り効果がある。

 

ヘリクリッサムイタリカムの別名は、インモーテル(永遠の命・不死身)というフランス語があり、日本語でも永遠花という名がつけられている事に納得する。

 

 この大切なハーブを、存続させるために、採集する時に、必ず来期の栽培の為に必ず根を残して茎の根元から一株ずつ手稲に採集する。この作業には、可なりの労力が必要になる。セントジョーンズワートの時の様に軽々には、採集できない。額に汗をかきながら、採取する事5時間半後66キロ程採集したが、ほぼ90%ほどアンテが手際よく採集してくれた。

 

開花したヘリクリッサムイタリカム

 

ボスニア産のヘリクリッサムイタリカムは、この手間を省く為に、ジプシー達が根こそぎ採集する為に、3年前ヘリクリッサムイタリカムの採集が不可能になった。2年後にやっと新たに採集が可能になったが、恐らく同じことを繰り返す。この為、ヘリクリッサムイタリカムの価格が変動してしまう。

 エッセンシャルオイル蒸留をする際必ずエコロジカルに作業をしないと自然にダメージを与えてしまう結果になる。アンテは、必ず20%完全に存続させ。必ず根は、100%残す採集方法をとっているので6月と11月年に2回の開花の時期がり、2種類のヘリクリッサムイタリカムの開花する。

 

 蒸留所に着くと、余分な雑草を取り除き、蒸留器に入れる。可なりかさばるので、一束ずつ丁寧に入れるたびに、専用の靴を履き、足で踏み込んで行き空気を抜いて行きながらきっちりと入れて行かないと嵩がある為に全ての収穫を詰められない。蒸留器の蓋をして、螺子をしめて上記の圧を少しずつ入れると、1-2分するとヘリクリッサムイタリカムから香りのメッセージが心に届く。それは、優しくそしてハチミツの様な甘い香りのヘリクリッサムイタリカムの香りが嗅覚を自然に刺激・鎮静して行く、とても私の心に安心感を与え甘く優しい気持ちになった。6分35秒ほどするとエッセンシャルオイルが混合された液体が蒸留器の口から放出されだし20分程でオイルが抽出されてきた。

ハイドロゾルは、凄い勢いで分離された後別口から出てくる。私達は、興奮した。そして持っていたハンカチを無限に出てくるハイドロゾルに浸して、顔や髪の毛に充てると気持ちが穏やかになって行った。全ての私の脳の奥に存在していた家族への父への姉への今までの怒りが優しくハチミツの甘さで包まれて全てを自然に受け入れられる様に感じられた。香りのマジックが繰り広げられる。

 

通常一般的に販売されているのヘリクリッサムイタリカムのエッセンシャルオイルの蒸留時間は45分程で余り効能成分が薄く、勿論効果も薄い、クリニカルアロマセラピーで使用されているヘリクリッサムイタリカムは、3時間から4時間蒸留する為しっかりと植物からの薬効成分を抽出して蒸留過程が行われる。

 私達は、蒸留が終わるのを待つ間、ヘリクリッサムイタリカムの甘くそして優しいハチミツの香りに包まれてランチを作った。ソラマメとズッキーニと赤玉葱、パプリカをオリーブオイルで炒めて、トマトとニンニクをいれて煮込んで、ローカルのパン屋で焼かれたパンと一緒に食べた。シンプルだがとても胃に優しい食事だった。何よりもヘリクリッサムイタリカムの香りが贅沢なおかずのようだった。

5分程でオイルとハイドロゾルが流れ出て来て、ハイドロゾルを初めの1時間程で摘出し待つ事3時間半で約66ミリ程のエッセンシャルオイルが産出された。香りは、通常のヘリクリッサムイタリカムの香りより柔らかなグリーンノートからフローラルに変わり、甘いハチミツの香りと濃厚なバターの香りで終わる。素晴らしいブーケの在るヘリクリッサムイタリカムの香りは、今まで私が香っていたヘリクリッサムイタリカムの香りを超越し野生の植物の優しさと強さを感じた。野生のアロマティックプラントのエネルギーは果てしない強さがある。それは、数千年にも渡る戦いに勝ち抜いた、無敵のクロアチアの兵士のスピリットの様だ。

 

そして、ビーキーパーのアンテのハチミツの味もヘリクリッサムイタリカムの香りがし素晴らしい濃厚な味がする。

 

 

『野生のヘリクリッサムイタリカム配合のブレンドご案内』

ヘリクリッサムイタリカム配合鎮痛効果バーム 60g 10800円

ヘリクリッサムイタリカム配合鎮痛クリーム60g 7540円

ヘリクリッサムイタリカム配合肝機能改善内服用カプセル 100個 36720円(コンサルティング料別途)

 

野生のヘリクリッサムイタリカム クロアチア産 4ml 12800円

野生のへりっくりッサムイタリカムハイドロゾル 120ml  5400円

 

ご希望の方は、info@argutha.com にて受け付けております。

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

 

クロアチアダルメシアン地方のアロマティックジャーニー

  • 2019.06.10 Monday
  • 14:53

 

 

5月31日から6月9日までクロアチアダルメシアン地方のアロマティックジャーニー

 

 ブルガリアソフィア空港からムューヘン経由でクロアチアスピリット空港に到着した。

空気はまるでブルガリアと異なり、アドリア海からの風が吹き温かく肩の力が抜けて心が軽くなった。

今日からクロアチアのダルメシアン地方の野生のハーブ達を散策し、蒸留する旅が始まった。

 到着した日は、気温22度程で肌寒い日だった。次の日も雨になり、ブルガリアでの旅の疲れをとる為に1日エリザベスとのんびりとボディチェの町でゆっくり過ごした。アドリア海の海の色の透明さが、人々の純粋さを表しているようにボディチェの町はまったりとした田舎町だ。夕方シバニックの町でゲームオブスローンの大ファンのエリザベスが映画のシーンを思い出しながら感動したながら中世のクロアチアの城跡を歩いた。私は、中世の僧侶が作った中央に噴水を置き長方形を4つに分けてローズやハーブを色鮮やかに飢えているガーデンに心惹かれて、ハワイに自分のガーデンを作る参考にする為に沢山写真をとった。

 6月2日明け方朝目を覚めると、青空と日差しが眩しい位に目に差し込んできた。窓を開けると朝から温かい空気が入ってきていきなり春から夏になっていた。毎年地球温暖化で暑い日が長く続くようになってきているという。7月と8月には、気温は37度以上になる日が2週間程続くように近年なってきたそうだ。夏は3か月ほど雨が降らないダルメシアン地方の植物の生命力は強いそれは、ダルメシアン地方の人々の生命力の強さを示唆するように我慢強くそして粘り強い生命力だ。

空気はとても乾燥している。この乾燥した気候がアロマティックプラントに、芳香成分を植物の生存するために、蜂達を呼び起こし、子孫繁栄を存続する為または、病気から自己を守るために発生させる要因の一つだ。ビーキーパーだったアンテが、アロマティックプラントに興味を示したのも蜂達がアロマティックプラントを追いかけて移動して行くのに惹かれて、ダルメシア地方の人々が伝統的に行われているエッセンシャルオイルの蒸留を始めたそうだ。

ケイド(シーフェネンル)

クロアチアの歴史は長い、紀元前6000年数百の部落がそれぞれの神を祭り、おきてを作り平和に暮らしていた。紀元前ギリシャ人達が侵略し、紀元後はローマン帝国・オスマン帝国。、中世にはナポレンを率いるフランスが侵略、多く戦いを経験し侵略をされてきクロアチアは、近代に置いても、戦いの連続だった。

近年の歴史は、大一次世界大戦中にセルビア王国が発表した。戦後のバルカン地域おけるかとして南スラブ人よる連邦国家の創設という提案に同意し、セルビア人・クロアチア人・スロベニア人王国の成立を支持した。この王国は1929年にユーゴスラビア王国と名称を変更するが、当初からこの王国においては、セルビア人とクロアチア人の民族対立が内戦問題として存在した。ユーゴスラビアは旧セルビア王国を頂いていて、一般的にクロアチア人には首都の所在するベオグラードを中心として政治権力をセルビア人が独占しているという不満があった。1939年妥協策としてクロアチア人に一定の自治権を認めたクロアチア自治州が設立されたが、クロアチア側からの批判は、大きかった。一方で、国外でのテロ活動を展開していた、アンテ パヴェリッチが主導するウスタシャは、公然とクロアチア独立を揚げた。1941年にナチス・ドイツがユーゴスラビアに侵攻した際に、ウスタシャはこれに協力して、クロアチア独立国家を成立させた。一方でユーゴスラビア王国に忠誠を誓うセルビア人将校を中心とした反ウスタシャ組織、チェトニックが組織され抵抗運動を開始した。さらにナチス・ドイツがソビエト連邦へと進行した1941年6月以降ユーゴスラビア共産党はパルチザン組織を結成し、ウスタシャやチェトニックと共に内戦を繰り広げた。この内戦では『民族浄化』と呼ばれる戦略的な多民族敗訴が行われ、無差別虐殺、収容所での虐殺、レイプ、住民の追い出しなどの手段によって、大量の難民が生み出された。第二次世界大戦中の出来事は、後クロアチア独立をめぐる内戦情勢の中で再度取り上げられ、歴史修正主義的な紛争が繰り広げられると同時に、1991年から始まった旧ユーゴスラビア(セルビア、クロアチア、マケドニア、モンテネグロ、ボスニア、ヘルツェコビナ6つの共和国)共和国の内戦の一つであるクロアチア紛争(91年から95年)でセルビア人による、クロアチア人のジェノサイド(民族大量虐殺・無差別虐殺の数は2600人及ぶ)が行われ1999年にセルビアをクロアチアの内戦が勃発し、30万人以上の人々が難民として国を捨てた。(2001年のデータクロアチア人89.63%・セルビア人12.2%から4.54%に減少)

人々が家を捨て空き地は40年以上だれも足を踏み入れないてない野生の地となった。

 

アンテは、残された無数の民家に生え生息している野生のハーブを採集して、水蒸気蒸留を2年前から始めた。空き地には、屋根が口落ちたストーンハウスが他紙並び、その家の間に広がる数百エーカーの大地にオリーブの木やイチジクの木生えている草原に、ハーブ達が自由に生息している。特にローマンの遺跡の後に沿ってハーブ達は生息している。

クロアチア人の兵士の強さは、世界を誇る強さがある。

それは、スポーツ界でも知れ渡る、私も観戦した、一昨年のサッカーのクロアチアのチームがそのクロアチア人の底力を見せたのも心に残る。小さな国から偉大なサッカー選手が生み出されその選手たちのフェアープレーと粘り強さ巧みな技術は、世界を感動させた。

その魂数千年にも渡るこの土地での生存力が遺伝子に組み込まれているのだ。また武士道にも似た、奥行き深い思いやりの心も歴史深いクロアチア人にはある。

昔懐かしい日本人の心温かい御もてなしの心を思い出させるように、クロアチアの人々の微笑は、温く私達を現地のハーブやフルーツを贅沢に使った薬洋酒やエルダーフラワーのハチミツ付けの冷たい飲み物・プロシュートなどで迎えてくれた。

 アンテが、私達をボディチェから30分程車を走らせて、シスタチッタの町に連れて行ってくれると、そこには、セントジョーンズワート、セージオフィシャナリス、イタリアンエバーラスティング(ヘリクリッサムイタリカム)・ラベンダーインターミディエット(ラベンダーとラバンジンを交配した新種)・コーマンマートル・マススティックが無造作に鬱蒼と茂っている草原があった。

 

私達は、黄色い可憐な花を咲かせた野生のセントジョーンズワート(Hypericum perforatum)を大きな麻の布上に、刈り、手で丁寧に採集していった。太陽の下で、朝日を浴びながら、旬のチェリーを食べ、蜂がぶんぶん飛ぶ中、5時間ほど朝から採取して66キロ程採集した。アンテが手慣れた作業でほぼ80%を採集した。草原の中点在するセントジョーンズワートだけを採集するのは、可なりの労働力だったが、セントジョンズワートの優しい香りが心を癒してくれているようで、疲労感をあまり感じずに楽しみながら採集をした。

そしていよいよ、蒸留だ。雑草や虫を丁寧にのぞき選定している間に、蒸留器に薪で火を入れてスチームで殺菌すると辺りが、スチームサウナとなり皮膚が蘇るようだった。殺菌した後、セントジョーンズワートを蒸留器入れて、丁寧に蓋をして螺子でしっかりと止める。そして、火を入れ蒸気の圧力を調節する。7分35秒後にオイルが少しずつ流れてきた。香りは、透明で優しいグリーンノートの後に甘いハチミツの様なフローラルノートになり、心は優しくハチミツで包み込まれるように安心する。蒸留は、3時間程行い。 10ミリ程の産出量だった。セントジョーンズワートのエッセンシャルオイルの希少さがここで実感する5時間程採取写しその後3時間の蒸留の結果10mlのエッセンシャルオイルが摘出されただけだったが、その効能の素晴らしさは、果てしない。この貴重なオイルである事は間違いない。蒸留している間、セントジョーンズワートの香りが大脳辺縁系に到達して、聡明感を与えた。視力が回復したように辺り一面がはっきりと見えているように頭が爽快になった。エッセンシャルオイルを蒸留しながら、オイルの効能を体感して行く素晴らしいケーススタディーだ。

 セントジョーンズワートのハイドロゾルは、オイルが採集され始めてから10程置いた後、1−2時間程採集する。ハイドロゾルはこの間30リットル以上摘出し、効果効能は、消炎作用・鎮痛作用・殺マイクローブ効果が高くそしてスキンケアーに最適だ。肌をしっとりとさせる効果は素晴らしいものがある。

 明日は、少し季節が早いが、インモーテルの蒸留を体験する!

 

私の、この植物達の恩恵を使用して、アロマセラピーへの素晴らしい成果を期待して、その晩ベットにはいり素晴らしい夢をみた。

 

LOVE&ALOHA from Croatia !!

 

Midori 

 

ブルガリアローズバレーのアロマティックジャーニー

  • 2019.06.02 Sunday
  • 05:45

5月24日から31日に6泊7日間ブルガリアローズバレーへのアロマティックジャーニー

 

ブルガリアローズのアロマティックジャーニーに出発した私は、22年間ブルガリアローズを使い続けてきて、

ローズバレーにたどり着ける事に胸躍らせた。  

ニューヨークからフランクフルト経由ブルガリアのソフィア空港に着くのに、ハワイからニューヨークで2泊して20年来のアロマセラピーの友人達とランチをして楽しみながら、バルカン諸国のブルガリアに旅立った。ブルガリアのソフィア空港に降り立つとそこは、現代の華やかショッピングモールの様な空港ではなく、50年前の空港のシンプルなつくりで私が、成田空港で働きだした時を思い出さ、タイムスリップしたようだった。

 町並みは、近代的な高層ビルが数件並ぶ地域以外は、100年程まえまた、オールドタウンに行くと17世紀の街並みが並び石畳は2000年前のローマン時代の石畳を歩くと、古代ローマン人が後ろから歩いてくるのではないかと思う位の荘厳なエネルギーが流れていた。

 

バルカン諸国は、西はローマ帝国そして東は、オスマン帝国に挟まれ多くの戦いを繰り返し独立してきた国々が存在する。人類が集落を初めて最古の都市ともいわれている7000年も前から人々が住んでいる地域だ。人々は、ブルガリア人の祖先は未だかつて、どこから来たのかは定かではない。町並みは、近年のイタリアやスペイン支配の影響が残る。

 ブルガリア共和国はよーろxtパの強制国家であり、バルカン半島に位置し北にルーマニア、西にセルビア、マケドニア共和国、南にギリシャトルコと隣接し、東は黒海に面している。キリスト教82%・イスラム教12% ローマンカトリック0.ユダヤ教・ロシアオーソドックスなど多くの異なる協会が点在する、宗教の混沌とした風が吹き人々は、多く全てを受け入れて生き抜いてきた。

18世紀の荘厳なブルガリア帝国からロシア支配、ユーゴスラビアの共産国から1991年に独立革命を起こし50年間の共産国家から共和国として政府が、確立され、2007年にEU加盟国となった。

スーパーなどに入ると、価格はユーロとブルガリアレブの両方で提示されていて、物価

物価は、物によるが日本の3−5分の1の価格で共産国の匂いが辺り一面に感じられるシンプルかつ清潔なイメージがある。治安も安全な方で、一人で道を歩いていても危険を感じない。人々は、スラブ系のブルガリア人が80%を占めているので、黒髪で茶色の瞳そして凹凸がる。女性の美しさは、かつてのオリンピック金メダリスト体操選手コマネチを思い出させる人々がそこら中に歩いている。

 ソフィアから2時間ほど、イスタンブール方面に車を走らせていくと、バルカン山脈を越えて行くとそこには、辺り一面160キロ平方メートルも渡る、豊かな土壌そして温暖な気候のローズバレーが広がる。海抜350メートルから200メートルの盆地である。辺り一面ローズの香りと今でも使われている馬糞の匂いが交互に嗅覚を刺激してくる。何方も天然の香りだ。朝晩は16-18度で日中は28度ほどまで上がり暑いくらいだ。

ダマスクローズ

 ローズは、ローズダマスクス(ピンクローズ)とローズアルバ(ホワイトローズ)がメインになる。ローズオットーエッセンシャルオイルは、リクイッドゴールドと呼ばれるほど高価なものである。14世紀にシリアのダマスクローズが輸入されて17世紀にはブルガリアローズの高品質な香りが世界中で名声高いローズオットーオイルになった。液体ゴールドと呼ばれる一つの理由が3-4.5トンのローズから1キロのローズが産出される。4000ヘクタールのローズ畑で1万2千人の人々が毎年フルタイムで働いている。5月から9月にかけてローズ産業にかからる労働人数はなんと4万人にもなる。毎年2.5-3トンのローズオイルが産出されている。その中でもオーガニックのオイルは限られてくる。

近年において、香水産業の盛んな活動により、ローズオットーへの需要が供給に追い付かず、幾つかのローズファームは品種改良されたローズアルドュガという産出量が30%高いローズを栽培するファームも増えて来て、純粋なオーガニックローズオットーやアルバを購入するのは困難になってきている。ローズバレーには、50以上の蒸留会社が存在し、ルーマニアやアルバニアから流れて着いたジプシー達がローズを摘む主な労働力なり、1キロ日本円で約200円程で買われて一日50-60キロ1人の人が摘む。明け方5時からお昼辺りまで積まれて、その日に咲いたフレッシュな物だけを摘む。花弁よりも花粉のある中央部分に芳香成分が含有されているので、花粉の部分に指をあてて起用に次から次と摘んでいく。

私も1時間ほどローズアルバを摘んでみたが、3キロを摘むのがやっとだった。刺があるので、園芸用の手袋は必需品になる。オーガニックローズは、オーガニック用の蒸留器を使用して蒸留される。可なりの規模で行われているのがブルガリアローズの現状だ、50年にわたる共産国の足跡の為幾つかのローズ会社は、生存の危機に襲われたが、ローズ産業グループを作り、お互いが助け合いながらブルガリアローズ産業の存続を保っている。

ブルガリア人のおもてなしは、ふかふかのパンにハチミツと黒糖をトレーに乗せて迎える。

 食べ物は、主に豚肉(ソーセージや煮物)ときゅうりとトマトなどシンプルであるが、日本人の胃には、毎日食べていると胃が重たくなってくる。魚は、サーディーンやニシンを焼いた物が多いが新鮮さには欠ける、次回来るときは醤油と白米をもってきたい程だった。果物は豊富でイチゴや桑の実、イチジク、ザクロ、チェリー―がどこにでも栽培されていて、とても新鮮な物をいつでも食べられるのが唯一の救いであった。旅行の最期の方になると、ほぼサラダとフルーツで過ごした。

 

100年以上の銅製の蒸留器
液体のゴールドと呼ばれているブルガリアダマスクローズ

ローズダマスクスオイルは水蒸気蒸留が主な蒸留方法で、アブソリュートとコンクリートは、余り産出されない。ローズアルバは、産出量が少ないので価格はローズダマスクスよりも効果な物になる。そして、近年のハイドロゾル(ローズウォーター)の研究が盛んになった為なのか、ローズハイドロゾルは、ローズオイルの副産物ではなく、ハイドロゾル用に蒸留をする。ローズハイドロゾルに限っては、銅の蒸留器でする事で成分が濃縮されるのか、温度の保温力なのか、とても甘いローズの香りになる。ステンレスの蒸留器で蒸留されると香りは、薄くローズ香りの深みがでない。そして伝統的な蒸留会社は、歴史が長いので銅の蒸留器を使用している。何故ならば、ブルガリアは、銅や鉄の産出量が高い国の一つだからだ。ブルガリアは、ミネラル豊富は湧き水の水源地は600以上ある。豊富な水と資源豊かな大地がある為多くの国がブルガリアを支配し続けた。ブルガリア人が幾度となく耐え抜いた末に、近年50年間の共産国から革命を起こし、1991年からブルガリアが世界に開きだし、2007年にEU加盟国となった。現在のブルガリアは、活気にみちていてブルガリア帝国の気品とスラブ族の団結力で素晴らしい発展が期待される。ブルガリアローズは、ブルガリア人の力強い情熱とそして何千年も続いた戦い抜いた悲しみを癒す素晴らしく透き通った香りが心を癒してくれる。ハートチャクラに素晴らしい愛を与えてくれる。

300以上の方向性分が嗅覚から大脳辺縁系へと伝わり女性ホルモンのバランス調整し、女性性を高め、美白効果など多くの効果効能を発揮する。

無条件的愛を与えてくれるローズアルバ

またローズアルバは特に無条件的愛を人類に与え、地球上に存在する全ての悲しみを癒してれる素晴らしいエネルギーをもってこの地球上に生息する香りだ。

 

 

 

7月12日から29日までブルガリア産ダマスクローズを使用したヒーリングアロマセラピートリートメントを東京青山伊丁目のレンタルサロンにてご予約受けた割っております。

また、来年5月中旬にブルガリアローズアロマセラピーリトリートツアーを計画中ですのでご興味がある方はご連絡下さい。

 

 オーガニックローズオットー(ダマスクローズ)そしてローズアルバ(ホワイトローズ)

エッセンシャルオイルそしてハイドロゾルをご購入ご希望の方は、是非この機会にご連絡下さい。

ブルガリア産(税込価格8%)

ローズオットー 2ml(21089円) 4ml37,960円)10ml(101,288円)

 30ml(227,764円)

ローズアルバ 2ml(25,307円)

ローズハイドロゾル 120ml(5245円)

ホワイトローズ120ml (5400円)

 

 

ご注文・ご予約は、Email にて受け付けております。

info@argutha.com

 

日本からのご発送が7月12日から29日まで可能になります。

 

ご連絡お待ちしております。

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

楽園ハワイから世界のアロマティックジャニーへの出発

  • 2019.05.22 Wednesday
  • 07:43

5月21日 晴天 気温24度

 

 朝目が覚めると目の前に3層の重なる緑の木々に覆われた火山の後が波打屏風上に並んだ山並みのオロマオ山脈が窓からミッドパシフィックゴルフ場の5本のヤシの木の向こうに見えた。

今日は、朝から晴天だ。カイルアは、朝晩の雨が50%で降る日が続く。ベッドサイドのコアのチェストボードの上の時計を見ると、6時14分だった。

 今日は、午後3時20分のJFKニューヨークのフライトで久しぶりのアロマティックジャーニーに出発する日だった。幸せの渦の真ん中にいる私は、22年間毎回のアロマティックジャーニーの数日前は、楽しみで早く出発の日が来るの指折り数えている。今回は、53年の人生で初めて、2つの気持ちが重なり合った。それは、楽しみにしている自分と、家族と1か月以上離れなくてはならない悲しみとで心が二つ存在していた。

特に今回は、昨年ビザの習得上1年間アメリカを出れなかった分、2つのアロマティックジャーニーを合わせなた。

人生1度きりしかないので、私は、常に今を生きるを趣旨にして、自分の大切な時間を惜しみなく経験して行くと決めて生きていきたい。

 そんな私の心中を察して、ジョンは、『楽しんできてね。寂しいけど。去年いかれなかった分、倍の長さのアロマティックジャーニーだから、楽しんで勉強してきて。』と言ってくれた。

 

私は、気持ちを入れ替えて、沢山素晴らしいオイルに出会い、植物達のエッセンスの効能を学ぶ事に心をリセットして、専念する事にした。2つの気持ちを一つにしないと心にストレスが発症して、どこかでひずみが出てくる。常に一つの気持ちに心を合わせて行くのが、今を大切に生きる秘儀の一つでもある。

 

 今回は、東欧のブルガリアのローズを初め植物達とクロチアの植物達にご対面だ。植物の生息地を訪ねると、その植物がまるで話しかけてくるようにエネルギーを感じる。これは、長年アロマセラピーを学んできた研ぎ澄まされた、経験と感が物を言う体験だ。

 勿論、化学的に証明された効果効能も学ぶのも大切だ。アロマセラピーは、ヒーリングの秘儀で、全て使用する人とのハーモニーで効果効能が出てくる。

 数千ものブレンンドをブレンドして来て獲得した経験と技術だ。アユルベーダや中医学そして解剖学を学び、植物との融合された人間の生存力を引き出してくれる植物達のエネルギーを学びそして成分を学び、遺伝子を超えた秘儀ともいえる。この、植物のセカンドメタボリズムの生存するためのエッセンスを身体的・感情的・精神的レベルの調和を追求してブレンドして行く。 

ハワイの花プルメリアと月のハーモニー

 そう考えると、アロマティックジャーニーへの心が躍ってくる。

ジョンは、何故か朝から家中の掃除をしまくっている。私は、23種類の香り高い蘭達に水をあげながら、最後の最後まで1か月分の自分の為の朝晩内服用オイルやボディー・フェイス用のブレンドを作り上げ、鞄に詰めた。義理のお兄さんが、カカオ畑でトラクターの志田時期になって、運よくひどい怪我はなかったが、下敷きになったわき腹の打ち身の痛みが取れないので、義理のお兄さん用の痛み止め外用ブレンドオイルも作り、ジョンに渡してもらう様にお願いした。

なんだかんだとブレンドが終わると、出発の当日の朝にパッキングを終えた。

玄関を出たのが1時半前で、サングラス越しでも太陽の日差しが眩しかった。

ラニカイから空港まで、H3ハイウェイを飛ばして35分程でイノウエダニエルホノルル空港に到着した。火曜日の空港は、人気が少なく列にも並ばずに、荷物を預けてゲイトに向かった。ゲイトは、なんとハワイアン50便JFK行のゲイトは、国内線のターミナルからなんと国際線のターミナルの端の端C9だった。15分程歩いてやっとゲートに着くと、いきなりの人込みだった。JFK行は、満席だった。9時間20分のフライトの私の座席は、事前の予約の時点で、真ん中のど真ん中しか取れずじまいだったが、なんと窓側一席バゲージチェックインの時に空いていたのを発見!窓側24jエアバス330に乗り込みいざ、2019年の私のアロマティつくジャーニーが始まった。

 

NYの朝日がアロマティックジャーニーへエネルギーを充電するように輝いていた。

 

711日から29日まで青山1丁目のレンタルサロンにてアロマセラピートリートメントを受付中です。(レイキヒーリング・ニュウロマスキュラーマッサージ・指圧・スエディッシュ・筋膜マッサージ・ロミロミマッサージ・リフレクソロジー・アロマ鍼灸を取りいれた独自のマッサージ技法をクライアントに合ったブレンドを使用してトリートメントを行います。)

素晴らしい世界のアロマティックプラントの香りと薬効をご提供していきますので、是非ごの機会にご予約下さい。

ご予約は、Eメールにてinfo@argutha.com

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

 

余命勧告をする事の大切さ

  • 2019.05.01 Wednesday
  • 13:23
5年ぶりに咲いたマダガスカルドラゴントリーの花は甘くバニラの様な香りは、ハワイのトロピカルな香り

5月1日 令和元年 水曜日 気温23度 雨時折スコールそして晴れ時々虹

 

朝からカイルアの空は、スコールがふりったり続けている。

時折太陽が眩しいくらいに差し込みながら降り続けるトロピカルウェザー特有の気ままな土砂降りの雨だ。

そして、突然太陽がでてきて虹がかかる。

ハワイの毎日の景色は、マジカルな日が続く。

 

余命宣告の大切さの神髄を少し、話したい気持ちでこのブログを書いています。

大切な親友を亡くし勇気をふるい書いてます。

余命宣告は、その人の性格や生きてきた長さや、余命宣告の正確さなどによって大切さの価値が異なる。

 

ただ、もしもあなたが、後半年の命だとしたら、または3年の命だとしたらその半年、3年をどのように生きて行くか?

知らせれない場合と知っていいる場合の生き方の違いだ。

 

戦時中、特攻隊の人が戦争に行く前に、大好きだった人と結婚をする。

これは、悔いが残らない為に、幸せになってから死ぬ典型的な例であり、武士道の生き方でもある。

戦争がない平和な日本人として・・・・・

いや国際人として、そして意識の高い人間として自分の健康状態を自己責任で判断して決断

していくのが今の生き方であると確信する。

 

現代の医学のレベルでは、この余命を正確に確定するのは、可なり難しいが、

その例が、イギリスの物理学者ステファン ホーキン博士だ。彼は、10代の頃に、後10年生きられれば良いと宣告されたにもかかわらず。結婚を2回、子供2人さずかり、そして76歳まで生き抜いた学者である。

 

病気の種類にかかわらず、自分の健康状態をしり、それに真っ向から立ち向かい、生き抜くことでこの事実が存在する。

病気を理解せずに、現実から逃避してしまい、人に頼ってしまうと、病気とは戦えない。

 

病気を理解し、その病気の症状に、真っ直ぐに直視して取り組むことで、ヒーリング(治癒)が存続する。

 

ヒーリングは、気づき(Awareness ) からが始まりである。

 

その私の1つの素晴らしい例が、15年前の乳がんが、肺に再発した50代後半の子供3人の現役の母、であり

キャリアウーマンのクライアントだ。

家族会議で、頑張って少しでも延命できるように取り組み、彼女も意欲的に家族ぐるみで協力し、

アロマセラピートリートメントを毎週受け、自宅でも使用した。勿論、病院でのケアーも取り入れた。

2年と6カ月の延命ができ、彼女らしく最期まで頑張り、家族に見守られて幸せな最期だった。

 

現実が見えてないと、人は心身の病に苦しむことが多々ある。

厳しいようだが、これが現実であり、真実だと言える。

自分の不調に一番気づくのは、自分であり、痛みも自分以外の人はわからい。

少しでも、不調がある場合は、検査をして的確な対応を探し出し、選択し、そして実行するのが一番大切である。

 

 

仕事が嫌で仕方がないが、やめらずに続け、そのストレスで病気になる。

私も30代の頃仕事が段々とストレスになり、嫌で嫌で辛かったら、卵巣嚢腫になり、放置していたら

腹部がパンパンになり、術後なんと私の嚢腫は、なんと1キロも成長していたのだ。

症状がでてから3年間放置してしまった結果だった。

幸いにも、アロマセラピーやヨガが好きで勉強していたので、病気を切っ掛けに15年働いていた会社を早期退職した。

初めは、定期的な給料が入らない事を心配して、再就職を考えたが、元々会社員に向いていない私の性格

を知って、再就職をするのを、面接が受かった知らせの前日に決めた。

心がすごく揺らいだが、一度自分で決めた決断を貫いて、アロマセラピストとヨガに専念した。

あっという間にそれから20年が過ぎたようだが、長い時間でもある。

そして、自分の幸せを追い続けていたら、ハワイのカイルアに到着していたのだ。

 

余命宣告をされたら、先ずは、真っ向から病気に立ち向かい。

そして、明日死んでも良いと思い、毎日自然体で好きな事を、思いっきりして過ごすのが一番だ。

そしたら、スティーブン ホーキンズ博士の様に、寿命と変わらない位、もしかしたら生きられるかもしれない。

 

人間の生命力の果てしない力は、今の医学では、今だ未知の世界だ。

 

余命宣告をされて、好きな事を好きなだけしたら、癌が完治していた例もある。

 

勿論、余命宣告されて心身のバランスが崩れてしまう弱い人もいるかも知れない。

そんな場合は、家族がまたは、本人を良く知る人々の間で相談して決めて行くのが一番だ。

 

私の大切な親友は、余命宣告をされずに逝ってしまった。

アメリカで教育を受け、外資系で働き、エクゼキュティブな役職に就いた、彼女の堅持力と強さをしる私は、無念である。

癌を再発した時点で、彼女は仕事を辞めたがっていた。

何故あの時もっと強くアドバイスできなかったのか?

それは、彼女が友人であり、彼女の旦那様に仕事を続けてくれと頼まれているから辞められないという言葉を

尊重してしまったからだ。

もしも、あの時彼女の余命を知っていれば、仕事を無理やりやめさせて、彼女の好きな事を

全てして、悔いなくして欲しかった。あの時の彼女には、その体力と知力全てが、存在していた。

親友の言葉を信じて、アロマセラピーのブレンドを作成してケアーを継続していた。

まさか、親友も知らされていなかったのだから、それが真実ではなかったとは、疑う余地もなかった。

 

今年に入り、初めて彼女の数値が書いてある検査表をみて驚いた。

それから、診断書の数値に沿ってブレンドを変えて、食事のガイドラインをして、瞑想を一緒にして、

奇跡的に1か月半後に腫瘍マーカーがぐっと落ちた。

がその時に彼女は、治ると思い込み、毎週化学療法までも行っていた。

それは、数年前に化学療法を一切選択せずに癌の診断後3か月で亡くなった友人がいたからでもある。

癌治療には、化学療法の引き際がある事は、医師も熟知している。

なのに、無謀にも毎週末の化学療法により、彼女の心臓機能は弱まり、夜から危篤状態になり明け方心拍停止してしまった。

 

可憐なコリアンダーの花。コリアンダーは、肝機能を高め抗がん剤で毒されていく肝臓を癒す素晴らしいオイルだ。

最期の彼女が4か前自分の死を感じていたのか、瞑想で暗闇から逃れられない恐怖で胸が一杯の時があったのは、事実だ。

私は、光を見つけて、暗闇から出てくるように、彼女に伝えた。

『そうだね。頑張ってみる。』と彼女は、私にいった。

私は、その時から、とても胸騒ぎがしていたが、実際その時には、手遅れだった。

それでも、彼女は、率先して深い瞑想をして、HOPE OF LIFEの香りで心が穏やかってあった事もたしだ。

ただ、家族に恵まれて、高齢になったご両親が毎日交代でケアーしてくれて、本当に感謝していると何度もいっていた。

そして彼女は、とても恵まれていると感謝の気持ちで一杯でもあった。

 

今を生きる。BE PRESENTで

彼女は、最期この世から旅立って行った。

そう思いたい。

切実に、最期安らかに眠るように彼女が旅立っていったと。

そう願いたい。そして祈りたい。切実に。

 

 

人間もしも余命がわかっていたら、なんだって出来る。という事を皆さんに伝えたかった。

 

 

 

私は、『今が一番幸せ』な人生を50歳を過ぎてから目標に人生半分以上生きたい。

多くの人の死を経験すれば、するほど切実に、感じ実践していきたい。

 

 皆さんも、是非、今日、悔いのない毎日を考えて決断し人生を楽しんで過ごして生きましょう。

 

この夏7月11日から29日までの間帰国いたします。

東京南青山のレンタルサロン(青山1丁目駅徒歩3分)にて

アロマセラピー&レイキヒーリングトリートメントのご予約を承っております。

アロマセラピーヒーリングは、多くの心身のバランスを整えて行きますので、是非この機会にご予約下さい。

ご予約は、Email info@argutha.com または、ショートメールでも大丈夫です。携帯090−6526-6334

でご予約下さい。

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたに会えて

  • 2019.04.28 Sunday
  • 01:33

4月27日 気温24度 雨上がりの朝

 

 

 2日前に親愛なる友が旅立ちました。

 

夜12時から土砂降りの雨がカイルアは降り続き、その雨音と同じように私の涙が流れて止まらない。

胸が痛い程悲しい。

今朝目が覚めると、雨が上がり木々や蘭の花に大きな雨の雫が数珠玉のように連なっていた。

それは、まるで私の悲しみの涙のようだった。

 

家族に恵まれない私は、友達が私の人生の支えでいてくれていた。

そして、友達は私にとって、心の一番の宝でもあった。

 

彼女が亡くなった知らせは、カリーナを学校に迎えに行ってカイルアのディスリクパークで彼女が学校を終わるのを待っていた

車の中で、ラインを調べていて、京ちゃんと話してみようかとチャットを開けると、しなちゃんからのメッセージが

久しぶりに入っていて、メッセージを読むと。

『悲しいお知らせです。京ちゃんが今朝方亡くなりました。』

自分の目を疑い、何度もメッセージを繰り返し読んでる間にカリーナが車のドアを元気よく開けて私を見ると、

『What's wrong ? 』と聞いてくれたと単に涙が目から溢れてきた。

『親友が亡くなったの、ウエディングパーティーに2人の息子さんと来ていた。毎日一緒に瞑想していた。』

 

呼吸が苦しい位に涙が溢れていたが、家に運転して帰らなくてはならず、口から深く呼吸を吐いて気持ちを整えて

家までたどり着いた。

 

大切な親友がそれも前日まで毎日話していた親友が、目を覚めた次の日にこの世を旅立っていた。

 

2002年に彼女が初めて、大腸がんを発見したのが私のアロマセラピークラスで中医学とアロマセラピーのトピックの中で、

大腸の経絡が詰まっていると発生する症状の説明をしていた時だった。

彼女が、『全て彼女の症状にあてはまる。』と言ったので、私が勧めて直ぐに、 『病院で検査受けて』と言って、病院で検査を受けたら、直ぐに、

大腸がんの大腸癌が既に腹部のリンパに転移していた既に、その時点でステージ3であった。

癌摘出手術をして、飲用のアロマセラピーのカプセルブレンドを飲んで奇跡的にも、

癌から完治して、それからは、彼女が念願のアメリカシカゴの部署に抜擢されて息子達2人連れて住みだして

生き生きとより彼女らしく生きていた。その後、次第に上司からなどの仕事のストレスが高まった3年を過ぎた後辺りに、癌が再発した。

 

癌の再発

 

それでも、彼女は頑張って癌と仕事そして2人母そして妻の役目をこなし続け、彼女らしく頑張っていた。

 

話を聞いていると最大なるストレスは、やはり仕事であった。

 

仕事を辞めたくても、旦那様が賛成したいのと息子達を育てていく糧にならないといけないから辞められない。

ジレンマを抱えて、癌の治療と向き合っていた。

アメリカとの時差の為早朝5時からオンラインの会議やメールに対応しての癌治療だった。

若手の同僚には、膨大な仕事の量に弱音をはくと『癌の治療のために時間を費やしているから、仕事がはかどらないでは?』

と心ならない言葉言われてしまって、自分の病状を同僚には言わずに、より仕事に時間をかけて頑張っていた。

 

彼女がハワイの出張中、私の家に1泊だけ泊まってた日の次の日、夜の9時半から上司とミーティングをしていた。

 

2015年の6月からハワイに住んでいる私が、彼女を訪れると日本にいる時には、何時もラップトップを離さずに仕事の合間にアロマセラピーのトリートメントを受けていたのが再発後の2014年からずっと続いていた。

今年の2月の終わりに帰国して連絡を取り彼女の自宅を訪れると、げっそりと痩せて、

以前の彼女の見る影もなくなってしまっていた。

それでも、彼女は笑顔で何時も迎えてくれた。

浮腫がひどくて足首と膝が解らないくらい腫れて、歩けず、今年の2月私が帰国していた間、3日に一回程彼女に家に通い、ジュースをつくったり、免疫力強化用のスープをつくり、アロマセラピートリートメントをして浮腫も3回目には、可なり改善されていて歩ける用になり、病院の帰り新しい服を旦那様と一緒に行ったりして、少しずつ元気を取り戻していたようだった。

 

そして、会社の部署が自分一人の日本部門の部署で、仕事の引継ぎの事で頭が一杯だったようで、何時もその話をしていた。

 

私が、ハワイに戻り、病欠から求職に変えて、やっと落ち着いて話をする事ができて、

毎日人生の思い出話をしたり、少し元気になったら、家で1か月位休養して、毎日アロマセラピーで元気になろう。

そして、一緒にアロマティックジャーニーに世界旅行をしようと話しにもりあがっていた。

そして、時間を見つけては、一緒に日本にいた時に彼女の2月21日のバースデーにプレゼントした香水

『HOPE OF LIFE』の香りと一緒に瞑想をしていた。

時差の為、中々時間が合わずにいたが、合う時には、瞑想をしていた。

彼女は、瞑想をすると気持ちが安らぐと言って出来るだけ瞑想を一緒にした。

 

ただし・・・・

毎週末の化学療法で、癌細胞よりも彼女の身体の生命力が消滅していくようだった。

 

医者は、数字だけを見て腫瘍マーカーが落ちているから、このまま続行して毎週末の化学療法を継続した。

化学療法の副作用は、個人個人異なりその経過を医者は考慮せず全て数値で判断しているようだった。

 

私が、化学療法の副作用が強いようならお休した方が、良いのでは?

と提案すると、彼女は、『お医者さんが、検査の数字的は大丈夫だから、継続するって。』といっていた。

癌細胞を完全に消滅できないのが、目に見えている状態で何故、化学療法を推進したのかも疑問だ。

延命治療を優先するべきではなかったのか?

癌治療の医療には、多くの疑問が投げかけらる現代、この大きな課題を目の当たりした。

私の父の家系が、病院経営をしていた関係から、多くの医者たちの会話を聞いて通関している疑問は、

患者さん達を趣旨に考えている医者とそして自己の研究や実績を優先する医者がいると事だ。

 

癌と向き合うに合ったって、彼女のケースは、化学療法の副作用に賽の目されてしまったのだ。

化学療法の恐ろしさを目の当たりした。そして、彼女の命は、雨のしずくの様に消えてしまった。

 

53歳の誕生日を迎えて2人の息子の子育てもほぼ終えて、これから自分の人生を楽しむ時に

無念で仕方がない。

そして、悲しみの涙が止めどなく流れてくる。

 

今の心の安らぎは、ホワイトローズをブレンドした香水を作り(HEALING THE HEART )の香りと一緒に瞑想をする事。

そして、京ちゃんが天国で安らかに過ごしている事を祈りする事。

 

時は、走馬灯のように過ぎる。

時が止まった時にその大切さに気づく。

 

そして今は、日に日に、アルツハイマー型認知症のジョンのお父さんエドの表情が明るくなってきているので、

今朝は、エドの大好きな、オーガニックガーリックCO2オイルとブラックペッパー,ローズマリーバーベノンオイル入りの

クレソンのスープを作り、

脳活性オイル入りのジュースを配達にジョンのご両親の家に出前に行くために朝からキッチンで

お料理しながら、『少しでも元気な人を増やして行く事 』を、

そっと自分により強く心に約束した。

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

 

 

 

   

 

 

 

パラダイスハワイの復活祭イースターパワー

  • 2019.04.23 Tuesday
  • 10:47

4月21日 日曜日 晴れ気温25度 

今日は、イースター復活祭の祝日。キリストが処刑された日は、グッドフライデーで金曜日も祝日で3連休の週末だ。

キリストが処刑された3日後に蘇った日をイースター、復活日でキリスト教徒の祝日。

グッドフライデーは通常採食で過ごすか、ファースティングをするのもキリスト教徒の習わしだ。

我が家は、無宗教であるが伝統を重んじて金曜日は、ジュノぺーゼのパスタを食べて過ごした。

 

イースターは、キリスト教でない人々命を大切にする伝統的お祝いする為に、バニー(ウサギ)を象徴し始めたのは、18世紀に一般的になったと考えれれています。

ウサギは大抵の場合、子沢山なので命の象徴として飾られ、その他卵も同様に命の象徴として飾られる。

ゲームとして卵をガーデンに隠したりして、子供達が卵探しをする催しも行われる。(BBC NEWSによ)

また、復活際のその他の起源は、イノシシによって殺されたタムズの死後、セミラミスによって設定された春の儀式にさかのぼります。伝統によると、彼の母親の涙の地下りよってタムズは地球上に現れた新しい植生の形で『復活』しました。

イースターバニーやエッグは、セラミスによって確立された慣習にさかのぼることができます。ウサギは稔性とその女神イシュタルと長い間深く関連していました。古代のバビロニア人は、天からゆーふラティス川に落ちた卵についての伝説を信じて、そこから女王アスタルト(別名イシュタルまたはセミラミス)は、孵化したのです。

 

つまり、キリスト教でも無くても、命の復活を象徴する祝日は、アメリカや西洋では珍重されて家族皆で集まり、

生きている事への感謝の心や、生命の復活を珍重する祝日になっているのです。

 

少し焼き過ぎてしまいブラウンエッグ

私は、義理の母マーサーと2人前日から、イースターエッグに似たメレンゲのクッキーを焼いたり、

自家製のシナモンバンズの生地を練ったりして、仕込みをして、その合間に義理のお父さんとマーサー3人で

カニオヘベイの見える米軍基地の敷地を散歩に行き、家族という大切な繋がりに感謝しながらイースターの準備

をしました。

 

 

イースターブランチの当日は、義理のお兄さんトムの家族とジョンの家族皆合計8人で食事をして、エドが

卵を庭に隠して、孫3人は、13歳のロキシーとカリーナ、15歳のオーエンはあっという間に12個の卵を見つけて、

卵の中のクオーターコインを手にして喜んび、

『グランパは、隠すのが下手だから直ぐ見つけたよ。』

と誇らしげに卵を手に一杯にして庭から帰ってきて、皆でブランチを楽しみました。

 

食事から帰ってくると、我が家のヤシの木に生え茂っているパッションフラワーが1つ可憐に咲いているのを見つけて

私は、イースターのパワースポットを感じて感動!

何故ならば、パッション!フラワーの語源は、14世紀ローマンカソリックの司祭は、木質の蔓が、花を咲かせる珍しい植物として捉え、花びらの上の輪の様な形状の雌蕊の周りに円形があり72本のフィラメントをあり、この数は、イエスキリストが身に着けていた、王冠の刺の数だと示唆され、また5つの花弁と5つの愕は、10人の使徒たちを表し、5つの雄蕊は、イエスの手の傷の数を象徴するとし、中央の雌蕊は、十字の形をしていてこれをイエスの手や足を打ち付けた釘を表し、また開花後1日だけ咲きこの開花の時間はイエスが、張り付けられて息を引き取る十字架で過ごした時間を表し、そして花びらが卵巣の上に閉じ込められるので、征服者は、これがイエスが墓に置かれて、『十字架の謎』または『隠された知恵』と象徴されて考えられ、パッションフラワーを神聖なイエスの花として珍重されていたのです。

 

そのパッションフラワーが、昨年の4月12日に発芽して、12か月と9日目にして初めてイースターの日に開花したので、私はこの3本のヤシの木に生え茂るパッションフラワーを我が家のパワースポットと感じ、感動!復活のエネルギーを創造した

3本のヤシの木に生え茂るパッションフラワーがイースターの朝に開花した!

 

 

蔓をよく見ると、蕾がいくつもなっているので!夏には、リリコイ(LILIKOI ハワイ語でパッションフルーツ)のジャムやジュース・お菓子を作るのが楽しみ!

パッションフルーツは、ビタミンC・A豊富で、フラボノイドも豊かで抗酸化作用・糖尿病にも効果的・免疫力強化・抗がん作用・LDLコレステロール低下・循環機能強化・心の鎮静効果で不眠症や心配性にも効果的な、スーパーフードです。私の開催しているアロマセラピープライベートリトリートにご参加の人にも是非このリリコイを楽しんで貰いたいの、ジュースを冷凍してジュースをご提供しますのでお楽しみに!

 

そして、翌日エドとマーサーの家でヨガのセッションを60分程して、マーサ―の目標である、

床から支え無に一人で立ち上がる事が出来たのです。

ヨガを初めて4回目のセッションで第一の目標を達成したマーサーにエドと私が拍手で迎えました。

サンフランシスコの義理の姉アナにも、電話で伝え!ジョンにはショートメールで伝えると家族1段になり喜びがあふれた日に

なりました。

 

マーサーは、『 70歳に戻れたようよ。』と私の手を取り喜んで!

 

パラダイスハワイのエネルギーは、どこまでも感動を届けてくれるのです。

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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