ロックダウンのハワイに無事戻った私は今!

  • 2020.03.30 Monday
  • 06:17

3月29日日曜日 気温24度曇り

 

N95マスクをつけて羽田空港にて

 3月15日にホノルル空港から羽田空港に95%満席のハワイアン航空のフライトで母と日本に戻った私は、

母の自宅と羽田空港以外は、外出をするのは近所のスーパーや郵便局、草加市の派出所、銀行以外は出なかった。

日本滞在期間は、8日間という短さだった。

その間、母の介護マネージャー以外とは、密接、話はしていない。勿論、私と母は、N95のレスパトリー付きのマスクを

して、アンチウィールスのディフューザーブレンドを部屋に炊いて30分程の今後の母のサービスの打ち合わせだった。

母は、段々現状を理解して来て、少しづつ協力的になってきたが、N95のマスクは、はめるゴムが煩わしいので、

通常の花粉症対策レベルのマスクで2回ほど近所の散歩を30分から1時間程した程度で、ソーシャルディタンスもほぼ

完璧に保ちながら散歩をした。

ソーシャルディスタンスで散歩

この時期、日本は、新コロナウィールス事態に2月の終わりより可なり、注意が鈍くなってきているようだった。

天気も暖かくなり、桜の蕾もほころび、自宅で子供を閉じ込めておくのはもったいない状態だったからだろう。

旧日光街道の松林には、子供連れや高齢者が皆散歩をしていて、マスクも売れ切れ状態の事情の中

マスクをしないで散歩や桜の木の下で子供たちを連れてピクニック気分でランチをしているママ友達もいた。

私は、なんだか普通で少しほっとしながら、心の奥で海外の爆発的な感染状態をニュースで見ていると

凄く不安にもなってきた。私は、マスクの変えおきが20枚日本にあり、それ以外にオンラインで50枚購入していた。

日本滞在中に10枚程母と一緒に使用したので残るは、60枚、この60枚を母がデイサービスで使い切る60日間以内に

パンデミックが収まる事、または治まらない場合は、市販でマスクが購入出来る事を祈りながら母の自宅を

急遽、ハワイがロックダウン秒読みの3月24日に戻る事を決意した。

実際、26日からのハワイのロックダウンが決まったのが3月22日だったので、ハワイアン航空の予約課が週末お休みで、

ジョンがアメリカの予約課に電話したら4時間ホールドされて切られてしまい、途方に迷った私は、

以前勤めていたユナイテッド航空の先輩にラインで連絡をすると、直ぐに連絡が入り、涙ながらに先輩は、羽田空港のハワイアンの

カウンターまで行って問い合わせてくれたが、なんと私の予約はJLと共同運航便の為変更ができないと言われてしまった。

先輩は、ユナイテッド航空の最終便ハワイ行3月24日にスタンバイ最終的にするしかないかもと提案してくれた。

ユナイテッド航空は、3月25日以降の欧米行フライトを全て欠航としていた。

ハワイアンがどのようなスケジュールになるかは、サイトには何も書かれていなかったのでより不安が募った。

そして、私は、先輩の、心温まるありがたい言葉に感動しながら、不安な気持ちで週末をこし、月曜日の朝予約課があく

9時15分ぴったりに予約課に電話をすると、13分ホールドされて10分で予約の変更を無料で、待ち時間入れて23分で全ての変更手続きが完了した。

 

新しいフライトは、HA435便3月24日火曜日の夜9時20分発の到着朝9時50分の

フライトに変更ができた。流石日本人あっという間に手続きが完了。

しかし9時15分ぴったりに電話しても13分ホールドされるとは、何百人の人が、秒読み状態で一声に電話をかけたのか?驚嘆した。

実は、アメリカのハワイアンの予約課で前回予約を変更した時に4時間かかって差額と変更ができたのだった。

やっぱり、日本の素晴らしい所は、迅速にそして効率的に手続きが完了できる。

 

これは、海外に住んでいないとわからない、日本の素晴らしい所だ。

日本は、特別な国であると誇示して良いと思うのは、揺るがない真実である。

 

先輩には、お礼に先輩の高齢のお母様と一緒に使える。

免疫力強化用マッサージローションとアンチウィールスのディフューザーブレンドを2-3か月分用意して月曜日に郵送した。

 

母に私の出発は29日日曜日から24日火曜日に早まった事を伝えると、

母は、『良かったね。帰れて! ジョンとカリーナ、マーサとエドによろしくね。』と笑って言ってくれた。

 

私は、『わかった。伝えとくね。お母さんも、頑張ってね。』と母に言った。

 

火曜日の夕方、草加駅東口で羽田空港行のバスを待っていると、

其処には、2人の30代初めの女性友達と3人の60代後半の女性1人と男性2人が国内旅行の為バス停で待っていた。

なんと全員マスクなしで現れたが、私が、凄いマスクをして待っているのを見て、

若い女性2人は、ポケットから新しいマスクを取り出してマスクをした。

高齢者の3人組は、女性が黄ばんだ使い古しのマスクをポケットから取り出してマスクをしたが男性たちは持ってなかったのか

マスクはせずにそのまま待っていた。マスクが無いから仕方なくしないのかもしれないと私は、推定していると。

高齢の3人組は、感染したら死ねば良いから、と軽々しく3人で話していた。

そして、余りにも遅れるているので、京急バスに電話をすると、なんとバスは、予定より交通渋滞の為、30分または、それ以上遅れていると言われたので、草加駅から羽田空港までの交通状況を聞くと、高速道路は通常とうりだから7時過ぎには羽田空港に着くと推定してくれた。

可なり早く出たのに、これでは、ぎりぎりかもしれないと焦る気持ちを私は、深く深呼吸をし心を落ち着けてて待っている間。

皆が皆、こんな寒い中外で待たされてしまったら、コロナじゃなくても風邪をひいてしまうと言って。

交代で近くのスーパーの中でバスを待っていた。

本当に、日本人の協力的な思いやりは素晴らしいと感動して横目で見ていた。

私は、一人大きなスーツケースが2つもあり

スーパーまでは、バス停から50メートルはあるので、薄着の私を見て寒がっているのを見ると、若い女性が気遣ってくれて、

『荷物見てますから、少し頭って来てください。バス来たら呼びに行きます。』と言ってくれた。

私は、ハワイに行くし15分位外で待っても大丈夫かとパーカーとウールのタートルネック洋装でジャケットを敢えて着てなかった事に反省しながら薄着で体の芯から寒さが出てきたので、言葉に

甘えて寒空の中40分待った末、女性の言葉に甘えてスーパーの中に入った。

すると10分程して、バスがやっと来た。バスは、なんと予定より50分遅れて5時55分に来た。

平日の火曜日それも24日だから大丈夫だと推定したのが間違いで、ラッシュアワーの夕方5時代だからか

日本でも電車を避けて自家用車移動が広まっているのか、凄い交通渋滞だった。

携帯で渋滞状況を調べていると、都内が銀座付近が渋滞している。

羽田到着時間は推定8時となっている。

ハワイアンのフライトの搭乗時間が8時20分だから可なりぎりぎりだった。

ジョンにメールして間に合わなかったら、ハワイアンの次の便に変更してもらう事にすると連絡した。

バスの運転手さん流石に慣れていて、羽田空港の国際線ターミナル3に着いたのは、なんと午後7時13分

私は、余裕で間に合うとホッとしながらバスの運転手さんに、『ありがとうございました。』と言って下車すると

冷たい風が肌を刺すようだった。

カートをアルコールベースのウェットティッシュで吹いてから大きなスーツケース2つと手荷物用のスーツケースの荷物を積んだ。

国際線羽田空港のターミナルは、人が2-3人歩いているだけだった。

出発階へのエレベーターも私だけだったが、押しボタンをウェットティッシュで吹いてから出発階のボタン押して上がった。

出発階には、1階よりも7-8人の人がいて、皆マスクをしていた。

そして、勿論N95のマスクをしている人もまばらにみられた。

可なり、準備して国際線に乗る人達がそこにいた。

ハワイアン空港のカウンターの人は、全員マスクをして対応してくれた。

COVID−19の為、勿論プリチェックインはできず、カウンターでは、過去2週間以内に欧州、イラン、韓国、中国などへの渡航歴があるか聞かれた。

厳重なチェックインのシステムにほっとした。

席を指定してあったが、カウンターで、ソーシャルディタンスを保てる窓側をリクエストすると、

36Jの席で前後横誰も座っていない席をもらって、ホッとして、ゲートに向かう。

セキュリティーチェックもほぼ人はいない状態だった。

常にソーシャルディタンスを守れる状態でゲートまで行くと、途中にお土産屋さんとドラッグストアーの免税店を見つけた。

そこに、なんとマスクとアルコールベースのウェットティッシュが販売されていた。

マスクを母に送ろうかと思い7枚入り420円を3点手に取ると、張り紙に、一人1点と書かれた注意書を見て残念だけどこのご時世

仕方がない、手に1点づつだけ取り購入した。

ゲート145は、セキュリティーチェックポイントから10分程歩いた場所にあった。

ひとが殆ど以内空港内を歩き、ゲートにエスカレーターで降りると、そこには、搭乗者はほぼ100%

外国人、ハワイのローカルの人と恐らくホノルル経由でメインランドに乗り継ぎの人達がほぼ80%フェイスマスクをして

椅子に座って待っていた。何時もホノルル便は100%に近い搭乗率なのに見た限りでは、30%ほどの搭乗率だったのでほっとした。ホノルルからの便は、ほぼ満席で日本人が99%を占めていた。

搭乗すると、テーブル、スクリーン、窓、ひじ掛け、椅子の頭を持たれる個所を全てウェットティッシュで消毒してからアンチウィールスのスプレーで足元などウェットティッシュで消毒できない部分をミストしてから座った。

ホッとして、ジョンにフライトに無事間に合った事を告げて、窓を見て、離陸するとそこには、東京の美しい夜景が見えてきた。

 

一軒何も変わっていないのに、目に見えないウィールスと世界中が戦争をしていて、この戦いに世界中が足並みをそろえて

戦っていかなくてはならない世界に変わってしまったのだった。

 

そして、私は、ホッとしたと同時に急に眠気が出て来て目を閉じてしまった。

 

気が付くと、機内のアテンダントは、手袋とマスクを全員使用していた。

そして、機内サービスが終わっていた。

私は、売店で販売されていた水とアンチウィールスブレンドのカプセルと安眠用ブレンドのカプセルを飲み、また眠りについた。

飛行時間は、6時間55分追い風が強い冬は、あっという間にホノルルに着く。

気が付くと、ホノルルに後40分で到着のアナウンスがされていた。

 

飛行機の羽の下にビックアイランドが見えてきた。

 

『あーもう直ぐ、カイルアの家に帰れる。』と思い油断大敵、消毒キットをカバンの一番上に入れて、

他をキャリオンスーツケースにしまった。

 

小さい頃のOCD(脅迫感念症)が戻ってきてしまう様だった。

私の父もかなり、OCDで1999年に初めて香港に父と渡航した時に、中国は汚いからとホテルで変換した香港ドルを

コインと紙幣全て洗っていた。紙幣は、ミラーに張り付けて乾かしていたくらいだったのを脳裏に浮かべた。

私も9歳までOCDの毛があったのだが、母が可なり大雑把な人だったので、段々母の影響で気にしていても切りが無いと諦めて

OCDから急にい大雑把になってしまったのだった。

しかし、今回のCOVID−19の場合は、OCDでなくてはならない事情が存在する。

 

ホノルル空港に着くと、やはり50%の割合でマスクをしている。

8日前の空港は、20%の割合でマスクをしていた。この1週間で世界がどんどん変わって行っている事は確実である。

イミグレーションの人は、マスクをしていなかったので、自分がマスクをとるのを不安に思いながら、

仕方なく写真を撮る為にマスクを

外しては、手をアンチウィールスのスプレーで消毒した。

イミグレーションには、ほとんど人は並んでいない稀な状態であっという間に通関が終わった。

何だか、不思議な程スムーズに通関を済ませて、ジョンの車を待った。

ジョンが私を見つけると、手を振って挨拶をしあった。

スーツケースをアンチウィールスのスプレーで消毒してから車に乗せてた。

ジョンも可なり変わっていて、何時もは汚い車の中が綺麗になっていた。

私は、ずーとマスクをして、話をしながら、後2日でハワイに到着する全ての人の14日間のクオランティーン(自宅またはホテルで待機)が始まる事を説明された。ロックダウンだから、買い物には行かれるけど家族の1人だけが代表して行く事になっていると説明された。この指示に従わないと、5000$の罰金または禁錮刑1年だそうだ。ジョンは、弁護士なので

この指示に従わなくても良いが、必ず弁護士のIDを所持して行動しなくてはならない。

家から出ないのは、私は、かまわないけどと言うと、買い出しは私の役目だからと言われた。

今まで、日本とハワイを移動して対応になれているから、マスクして買い出しすれば良いよ。

と言われて、食材にこだわる私は、買い出しの役目を買って出た。

 

家に入る前に、全てのスーツケースを玄関の前に置き、今度は、アルコールベースウェットティッシュで消毒してから玄関に入れて、全てを消毒したら、直ぐにシャワーを浴びた。

シャーわーをユーカリとローズマリーのボディーソープで入り、免疫力強化用ローションを付けて、アンチウィールスのカプセルをジョンと一緒に飲んだ。、

そして、ジョンの入れた美味しいカプチーノを飲んでから、

私は、ホールフードに買い出しにN95のマスクをつけてから車を走らせた。

ホールフードでは、消毒用のウェットティッシュが品切れだったので、私は、自分のでカートを消毒して入ると。

8日前は、誰一人マスクをしていなかったのが、やはりローカルの人達働いている人含めての45%がマスクをしていた。

私は、すこし安心して買い物を始めると、やはりトイレットペーパーはなかった。

クリーニング用のアルコールベースのジェルもなく、ピーナッツバターやライスは完売私の好きなオーガニックアーモンドバターも完売だった。仕方なく、カシューバターが残っていたのでカシューバターを買った。

チップス類、パスタ、バター、豆腐もほぼ無かった。

新鮮な野菜と果物や肉類は、何時もの様に豊富にあったのでほっとした。

何だか、本当に世界が毎日変わって行く事に気がづいてく。

島に住んでいる人達は、不安が募る。

 

現在オアフ島の感染者は175人、8日前は、3−4人だった。検査をしていなかったからだ。

検査をしなければ、感染者の数は見えない。

私も検査したいが、検査は症状が無いとできない。または感染者と密接な関係がないとハワイではできないからだ。

日本とほぼ同じだ。

つまり、軽症者、または無症状の人達が感染源になって行く。

この人たちが、自宅に14日間待機してくれていれば、自然と感染は抑えられるが、実際に私も含めて

症状が無くて、移動を沢山していると不安が心の中に募る。

人と接触する時は、マスクをして感染するのを防ぐのと感染させるのを防ぐしか方法がない。

つまり、自由が14日間またはそれ以上、束縛されるのである。

今、日本とハワイを往復した私は、常にマスクをしている。

自宅でも自分のアロマセラピーの部屋で隔離状態である。

カリーナもジョンも私が感染していると不安な中今私ができる事は、自宅で自分を隔離する事しかない。

ロックダウンのカイルアダウンタウン

 

カイルアビーチも進入禁止

家24日の変えると、カリーナが私を『コロナ』と呼んだ。

こんなに気を付けているのに、やはり私が一番危ない人になってしまった悲しさが心にある。

 

実際、私は、2月1日にワイキキにお金を両外資に為替のレートも良かったので、一人で車で行った時に、

両外のカウンターで対応してくれた女性が、乾いた咳をずーとマスクなしにしていただった。

私は、無防備にもその時不安が頭によぎっていたので、車に戻り、車内にあった水で手を洗い、

唯一持っていたペパーミントのいるを舌禍に1−2滴たらした。

そして、帰宅して石鹸で手を洗い、うがいをティートリーのハイドゾルで行った。

そして2−3日後いきなり倦怠感が体中に走ったのだった。

その日から、アンチウィールスのオイルをブレンドしてカプセルに入れて1日3回飲用を始めた。

オイルを飲んで2−3時間は、倦怠感が少し良くなっていたがオイルの効能がきれるとまた倦怠感に襲われていた。

そして、6日目辺りから乾いた咳が少し出てきたので、2時間に一回飲んでいると1−2日経つと咳は全く出なくなった。

しかし、何故か倦怠感が抜けず、すこし息苦しさもしてきたので2月8日は朝からずーとオイルを飲む以外はベットで寝ていた。

この息苦しさは、アスペンのAベースンに行った時のスキーをして標高が高い中運動をしていると空気を吸っても吸っても

苦しいこの苦しさを思い出させるものがあった。今回は、運動も何もしていないのに寝ているだけ息苦しさがあったのだ。

9日の朝目を覚ますと、倦怠感がすっきりと抜けている事に気が付いた。

すこし、ヨガをしてみたりしたが、食欲もなかったので力が入らず15分もしないで止めた。

アンチウィールスのブレンドは、そのまま3−4時間に一度飲んでいた。

2月13日には、倦怠感も完全になくなっていたが、喉の奥からの鼻水の様な液体が鼻はつまらないが、流れて来ていた。

そしてこの粘液は、吐いても透明でサラサラしていた。ただ常に流れ落ちていた。

私は、この症状が丁度なくなったのが、3月13日だった。

これは、ドイツのリサーチの例に合っている。

感染してから完治するのに4−5週間平均してかかる検証例が出ている。

これを、ジョンに伝えたら、ほぼ信じてもらえなかった。

COVID−19のL型とS型どちらかにもしもこの時感染していたら、どちらかに抗体ができて居るか少し安心だと

冗談で言っていたくらいだ。

先ず検査ができないから何も証明できないが、この2月3−5日日本人の夫婦がワイキキに滞在していて帰国後

COVID−19の陽性が判明された。時期が時期なだけに、私は、不安だったが。

もしも、2月の時点で私が感染していたのがCOVID−19で合ったなら、この症状は気がつきにく、恐らく

普通の人は、普通に働いてそのまま、疲労が溜まってるのかな?と思ってしまうだろう。

私は、何時も健康には敏感なので、少しの変化に気づき対応してきた。

ハワイで倦怠感に襲われた事は、一回もないし、楽園生活なのでストレスは無いから倦怠感が出てくるはずがない。

高熱も出ないし、軽い風邪か?インフルエンザかなで終わってしまう。

但し、インフルエンザにハワイで感染した事があるが、インフルエンザの方が痰が絡み咳がでて凄く苦しかった。

今回の場合は、本当にそこまで酷い咳が出てこなかったし、直ぐに止まってしまった。

異様な倦怠感が出てきたのが特徴だった。

 

そして今、日本の草加にいる母と電話に出て、私がカリーナとジョンが私を疑ってるから自己隔離していると言ったら、

『みどりが一番初めから気を付けていたのに、おかしな話ね。でも仕方ないからお部屋でじっとしてるしかないわね。』

とびっくりするぐらい母の脳が働いているので安心した。

そして2月から私と母がソーシャルディスタンスを保ち、外食もせず頑張っていた結果がでていて、

母79歳は、ハワイの3か月の滞在移動を感染もせず元気に過ごしている。

今日から母もハワイから到着して14日間だったので通える。

私も14日間自宅のアロマセラピーの部屋で隔離生活を頑張るしかない。

しかし、何故か買い出しは、私が行かなくてはならないのが腑に落ちるけど。

こればっかりは、仕方ない。

ジョンとカリーナへの思いやりで、買い出しは私が行きます。

 

勿論、義理の両親の分も私が、買い出しに行くのです。

 

LIFE IS HARD BUT WE CAN DO IT !

 

日本の皆さんも頑張ってください。

世界中の人が頑張っています。

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

P.S オイルのご注文は、当分ハワイからの空輸になりますのでご理解ください。

アンチウィールスディフューザーブレンド・免疫力強化用ブレンドローション・アンチウィールス内服用ブレンドのご注文も受け付けておりますが、これらのブレンドは、ウィルス防御用のブレンドなので感染後は、お医者様にご連絡下さい。

またタミフルなの副作用を緩和するブレンドなども検証例があるオイルがあるので作成可能です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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