認知症をアロマセラピー&リハビリの対応結果

  • 2019.01.04 Friday
  • 04:03

1月3日 晴れ 17度 ビックアイランド ワイメア

 

ワイメアの夕日

 ビックアイランドのワイメアは、標高814メートルの高原なので、朝晩が冷える。

昨日朝早くに、ホノルルからコナ国際空港に朝9時に着くと照り付ける太陽が気持ちよく肌に感じた。

 

 黒い岩肌溶岩がどこまでも続くハイウェイ19を張りり抜け、ハイウェイ190に入ると登坂のカーブの続く道になり景色が緑の高原地帯にはいりの車を1時間ほどでワイメアについた。車から降りると、温かい太陽の日差しと冷たい風が気持ちよく感じた。

母は、『うわー寒い。』 カリナ―は、笑顔で冷たい風を喜んでた。ジョンは、寒い寒いと長袖の厚手のシャツを取り出して急いで着た。私もカリーナと同様冷たい空気が気持ちよく感じた。

 母のリハビリ12月11日から初めて23日が過ぎた。その内4日間ほど母は帯状疱疹で寝込み、クリスマスパティーで暴飲暴食をして3日間下痢で寝込んだので、1週間程体調を崩してしまった。

 母が下痢になった時には、かなり大変でした。認知症になると排便が気になり、父が認知症で寝たきりになった時もそうだったのですが、おしりの穴が気になるようで、便がでてくるとそれを触ってしまい、父の時には目を離すと触った手で其処らじゅうを触り家じゅうが汚物の匂いで可なり辛い日々が続いた。そして車いすでリハビリに病院で行く時に我が身に帰り、爪の奥に入った便を見てびっくりして手袋をしたいと言って来たのを記憶している。

 母の場合は、12月27日の朝私が母の寝ている部屋の前を通ると物凄い汚物の匂いがして、急いで母のベットに行くと母は起きたばかりで朦朧としている様子の中、お尻の穴が痛くてと訴えてきた。母を抱えるように起こしたとたんに既に軟便がもれていたので、私は息を止めながら母に持ってきてあった紙パンツを履かせた。はかせる瞬間から、も既に便が流れ出てきた。

私は、目をつぶり息を止めてながらの作業だった。

 ウォシュレットでお尻を洗浄して紙パンツをはかせてを一日何回をして、母が横になる場所全てに気が付くと汚物がついてしまい、洗濯機を3回1日回し、その間下痢用の飲用のブレンドに変えて、脱水状態にならないように水分を十分にとってもらい、痔用の軟膏を作り、母にコットンに軟膏をつけて患部に塗布してもらった。

本当にありがたいことに、母は、下痢でも自分でトイレに歩いて行き紙パンツに取り換えてくれる。父の時は、要介護4に既に認知症が進んでいたのでそれは、それは大変だった。

我が家から見た大晦日の虹、ハワイの諺
there is rain ,there is raibow 
嫌な事があるから奇跡が起こる。

  人生多くの辛い経験を積んで行けば行くほど難なく多くの事を乗り越えられる1つの利点だ。

カリーナは、シアトルに産みのお母親と旅行中だったので迷惑にならずに良かったが、ジョンがお休みなのに家じゅうが悪臭で充満してしまい、本当に申し訳なかった。2日目からは、何とかシーツを汚さず紙パンツだけで済み、3日目からはほぼ紙パンツも汚さずに済み、2日間おかゆと梅干を1日2回だけだった。1日目、母が殆ど食事をしなかったので、私が御粥と梅干を母に食べさせていると、ジョンが心配してクリニックに行かなくて大丈夫かと聞いてきたので、3日間様子を見て改善されなかった連れて行く事にした。3日目から、母が御腹がすいたといったので、オーガニックチキンの骨からスープストックを圧力なべでセロリ・人参・ニンニク・生姜・玉ねぎと家で育てたターメリックの根っこを擦り入れて作り、御粥を作り食べてもらった。4日目からは、普通に食事ができて大好きなお魚の照り焼きとチキンスープとごはんを食べられるくらい元気になった。

 1月2日からビックアイランドでの旅行だったので、治るか心配するほど、大変だった。

4日目の朝、31日には、母に『カイルアビーチに散歩に行く?』聞くと

母は、『家でテレビ見ててもつまらないから行くわ!』と前向きな返事に

私が笑顔で『じゃ、着替えて行こう!』と言うと、いつもは、『着替えを手伝ってよ。』言っていたのが、

なんと着替えも自分で出来るようなり、びっくりするほど自立してきた。認知症になると何時もしていた事が一人で出来なくなり

見守りが必要で、順番を毎回説明しながら、歯を磨いたり、顔をあらったり、着替えをしたりしなくてはならない。

私は、必ず母に同じ順番で丁寧説明を30日までしていた。倒れていた時はほぼ、私が全てしていた。

1月3日今の母は、身支度を自分で99%できるようになり、外出先のカフェで初めて私に『あそこが、トイレ?』聞いてきた。

私が、『トイレに一緒に行こうか?』と聞くと『一人で行ってみるわ!』と張り切って笑顔で私にいった。

シルバカーもいらないと言って確かな、ゆっくりとした足取りで歩いていった。

凄く心配だったが、我慢して椅子に座って待っていると、母がゆっくりとした足取りで笑顔で戻ってきて、

 

『一人で、トイレに行けたわ!』と言って来た。わしは、笑顔で『凄いね!お母さん。』

 

50ml先のトイレに一人でゆっくりと確かな足取りで歩いて行った。私は、母の後姿を見ながら胸が一杯になった。

 

2014年の冬2月に倒れて頭を打ち血だらけで倒れ、寝たきりなっり早く死にたいと叫んでお酒ばかり飲んでしまっていた母が、なんと今2019年1月一人でビックアイランドのクイーンマーケットのフードコートのカフェのトイレに一人でシルバカーを使わずに行けるようになったのです。

 記憶力も可なり回復してきて、自分がどこに何を置いたかを覚えているようになり、集音器が見つからなかった時にベットの左側に置いた事や3年前に母の親友が肝臓がんで亡くなり母と私がお葬式に行った事など、私が母の好きな歌手で2人で帝国劇場にコンサートに行った名前を聞くと『誰だったかしら?』といって一生懸命思い出して、10分もしない内に『小林旭じゃない?。』と思い出すように言ったり、記憶力も少しずつ回復してきた。勿論、携帯は使えないし、お料理は一人でまだできませんが、可なりの記憶力の回復です。

これは、母の生命力の力の強さとアロマセラピーの効果と励ましながらのリハビリ、デイサービスや介護サービスのヘルパーさん達の総合的な成果です。

 

 認知症には、100人いれば100種類の症状があります。

その状況によって、方法はそれぞれ異なりますが、父の時のように特殊なピック病(前頭葉側頭葉認知症)でも効果は、ありました。生活の安全な環境を整え、リハビリ(身体的:ウォーキング・ウェイトリフティングなど/社会的:デイサービスで家族以外の人とコミニケーションまたは好きな趣味のお教室に通ったり・スポーツクラブに通いクラスをとる。)、アロマセラピー(経口経皮投与)・生きる目標見つける(生きがいや好きな事をする。)が必要です。これは、健常者の健康の基本にもなります。最後の最後に健康的な食生活(野菜と果物中心のバランスダイエット)が大切になります。ただし、これがストレスになると良くないので、バランスを大切にして好きな物も食べながら、健康な食生活をしていくのが大切です。

 

アロマセラピーの経口投与の効能*****

  主に脳の活性化(記憶力の回復・ホルモンバランスの効果:より良い睡眠・抗うつ効果)・身体全体の消炎作用が主な効果(内臓の炎症を抑える・腸内善玉菌のバランス効果など・コレステロールバランスなど)

経皮投与の効果******

 主に身体的に働きます。60歳を過ぎるとほぼ認知症の人々は正確臭覚能力を保持してないので、香りの効果より経皮投与で腕や脚・足の筋肉・皮膚・神経の抗酸化(若返り)効果・背骨にそった優しいマッサージにより自律神経系統の活性鎮静効果・ヘッドマッサージによりバランス感覚を活性していきます。

 

 全て一遍に始めるとストレスになるので、少しずつ環境を整え、アロマセラピーも内服から初めてみたり、また身体的な問題が多いい場合は、マッサージから初めてみたり、目標を決めて認知症のご両親の見守りをして見て下さい。

アロマセラピーのご相談は、Eメール(info@argutha.com)で受け付けておりますので、ご連絡下さい。

初めに30-40分のお電話でのコンサルティングをして健康状態を確認して、ブレンドのご提案をいたします。

元旦のラニカイビーチからの朝日

 

2019年の新年ブログを読んでいただいている方とご家族のご健康と幸多き一年になりますように元旦の朝日にお祈りしてました!

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

info@argutha.com

 

 

 

 

 

 

 

 

 

母3日目で左脇腹に激痛!(帯状疱疹?) 

  • 2018.12.22 Saturday
  • 01:58

12月21日 金曜日 晴れ時々雨 気温24度

 

寝室の窓から、満月の光が差し込んで朝6時前に目を覚ました。幻想的な月光が5本のヤシの木の上に輝く美しい冬至の日だった。

 

 母を連れてハワイに来て10日が過ぎ、私たちの家族と母との生活が少しづつ落ち着いてきました。

毎日の日課の目標を立てて初めは、母も私が張り切り過ぎてしまったせいか?母が4か目で寝込んでしまった。

 

 ハワイ滞在3日目で、母が突然左わき腹の皮膚の表面に激痛を訴えて動けなくなってしまいました。

脚を上げても激痛で左の肋骨の前と背面の皮膚の表面を触るだけでも、痛い痛いと言って私も焦ってしまい、ふとアメリカで病院につれて行かなくてはならないか?と考えた程でした。

血圧を測ると、上が157下が97で、脈拍が87だったので、母に頭が痛い?と聞くと頭は痛くなくてわき腹が痛いと訴えてきました。

 約7時間半の飛行機で、可なり揺れているのに母は、夕食と朝食の機内食をしっかり食べ、朝食のクロワッサンは私の分まで食べて、カリーナと一緒になって、ハワイの肉まんを食べてたりお煎餅を1袋平らげて、びっくりするほど食欲があったので、血糖値が糖尿病予備軍ほど高い母だったので、食べ過ぎで膵臓が弱ってしまったか、胃が痛いのかと思い、消炎作用の高いカプセルを飲ませてみました。少し痛みが和らいだ感じがあるようだったのですが、

 母は、『皮膚の表面が触ると痛くて、寝て安静にしていると痛みはないから、横になっていれば大丈夫よ。』と気丈にいってきました。

認知症なので何時から痛いかがはっきりせず、母に来る前に転んでいたかったの?と聞くと?

『多分、転んだのかも?来る前から少し痛かったから。でも今は痛くて歩くのも辛いから、横になってる。』 と言って

テレビのあるリビングで横になってテレビを見ていた。

 血圧が安定する夜用のリラックス用のオイルでヘッドマッサージをしてみると、1時間後血圧を測ると、147/83まで下がり

熱もないようなのでその日は、一日横になって安静にしてもらい、食欲もなく、いつも3缶は飲んでいるノンアルコールビールも飲まずにぐったりとした母でした。

 夕方、私はもしかして左のわき腹の皮膚の表面の激痛は、帯状疱疹かも?と考え、オイルを帯状疱疹様に、アロマセラピー用の部屋はいり経口経皮用の2種類のオイルを作り、その晩母のわき腹に塗布しヒートピローで温め浸透を高めので、塗布するのも痛がり、母は、『触らないで、ほっとけば治るからその内、ぶつけたのかもしれないから。』と触られるのも嫌がるほど痛がったが、説明してそっと帯状疱疹用のオイルを塗布させてもらった。

次の朝、母が目が覚めて部屋から一人で歩いて起きてきて、昨日は痛くて一人では、リビングのソファーに横になれなかったのが

なんと一人で座ってから、『横にさせて、みどり。』と言ってきた。

 

 母に、横になる前にもう一度オイルを塗るからちょっと待ってと説明して、オイルを塗布しようとするとやはり目に見えないくらいの小さい薄っすらと発心が皮膚の表面でていて、私は帯状疱疹の確立が可なり高いと考え、その日は、3-4時間1回ほど帯状疱疹用のブレンドを皮膚の表面に塗布して患部を温めて、飲用のオイルも帯状疱疹用に変えて安静に寝ててもらいました。すると朝から食欲もなかった母が、夜になると普通に食べれるようになり、患部の痛みが少しずつ確実に緩和されていった。

母も、『 お薬が効いてるのよ。痛いのがなくなってきたわ。』と言って、

『楽になってきたわ、ありがとう。』と言った。

太裳疱疹用のオイル使用4日目、ハワイ滞在日数1週間後には、肋骨から背面と前面左わき腹の前面の痛みがわきの下15センチ下の脇だけが皮膚の表面が痛い感覚が残って、触っても痛みを発生せず、体をひねったり、左のわき腹に負荷をかけると少し痛みが残る程度にまで回復しました。

寝込んでから6日目にの朝、朝食を食べて調子がよさそうだったので、カイルアビーチパークを90分ほど散歩して、ショッピングモールに行く?と聞くと、『そうね、痛みもないから、行くわ。』と言ってその日は、可なり痛みが低減し多様で、通常の食欲と活動ができるまで回復しました。

 

 

薬(抗ウィルス剤)を使用しても帯状疱疹は、通常1-2週間程で完治しする、通常の免疫力だと打ち勝てるウィールスが神経叢をダメージして疼痛を発症し水痘症の発疹がわき腹など身体の一方から発症する。発熱・頭痛・胃痛などの症状もある。帯状疱疹は感染は通常せず、環境的変化などのストレスや自己免疫低下病(AIDS、膠原病、癌)などが要因で免疫力が低下した人に発症しやすく、かつ50歳を過ぎると発症率がたかまる。激痛がひどくなった人には、神経叢に入り込んだウィールスが痛みや神経痛として長引く場合もある。過去に水疱瘡にかかった人が50%の割合で発症する。 

 

【帯状疱疹用オイル使用記録】

 

12月14日 母が左わき腹肋骨前後に痛みを訴えた。 血圧が通常より高くなっていた。(157/97)平熱。

      オイルを血圧を安定させるように夜用のリラックス用のオイルだけを使用した。(147/83)

       1時間後には、少し血圧が下がった。 

12月15日 帯状疱疹用のブレンドオイル経口経皮投与 1日3回

       左わき腹肋骨前後に激痛。(痛みがだんだんひどくなってきた)午後から、左わき腹の痛み用に、

       帯状疱疹用のオイルを経口経皮用に変えて様子をみた。

12月16日 朝痛みが少しだけ治まった。

        経口投与は1日3回 経皮投与は1日4-5回、帯状疱疹用のに変更。 

       夜には少し痛みが低減。(夜、家族でパシフィッククラブに出かけてワインを2杯のみ 発心がわき腹に発症。

       経皮投与後直ぐに発疹が消えた。)

12月17日 1日安静にして。帯状疱疹用のブレンドを経口1日3回、経皮1日4回塗布する。少しずづ痛みが引いて行く。

12月18日 17日と同様のケアーをする。

12月19日  帯状疱疹用のブレンドを経口1日3回、経皮1日4回塗布する。

      夕方まで安静にして、夜は、義理の姉の息子の誕生日会に出席。夕食を食べてワインを5杯飲酒

      (痛みは、減少したが夜に再度発心がでて、オイルを塗布すると発心が5分もせずに消えた。)ヒート

12月20日 1日3回 帯状疱疹用のブレンド経口経皮投与 。

      痛みは、ほとんどなくなりわきの下15センチ下の肋骨部分がひねると痛くなるほどになった。

      休みながら散歩90分。

12月21日 帯状疱疹用のブレンドを経口1日3回、経皮1日4回塗布する。

      痛みの範囲が10センチ四方に狭まった。散歩90分 完歩1.5キロ

 

主な帯状疱疹用のブレンドエッセンシャルオイル:ヘリクリッサムイタリカム・ラベンダーアンガスティフォリア・メラルーカクィンビフォリア・カプサンシンCO2・ガーリックCO2・オレガノなど

キャリアオイル:セントジョーンズワート・カロフィルムイリウム・アロエベラ・アーニカCO2など

 

合計日数8日間の記録です。薬を使用しなくても発見が早ければ(発疹が出る前)アロマセラピーにて8日間程で痛みがほぼ消えて行く例です。完全に疼痛が消えるまで経皮投与オイルを使用してい行きます。

母の場合は、経口投与は認知症用に12月22日から変えて行き様子を見て行きます。

 

続きは来週にまた書いて行きます。

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

認知症改善のリハビリには、アロマセラピー

  • 2018.12.13 Thursday
  • 16:11

12月12日 晴天 気温24度 カイルア(ハワイ)

 

 

 気温5度の日本を昨晩出発して、気温24度のホノルルのダニエルK イノウエ国際空港に着くといつものトロピカルの空気が鼻腔をとおった瞬間から肩の力が抜けるようにリラックスモードにスイッチが切り替わった自分がいた。

これは、誰もがハワイに来ると感じるのは間違いない感覚だ!

 

 今年2回目のハワイ旅行の母の為に、なるべく快適な空の旅ができるために機内では、ミュージカルな好きな母には、ヘッドホーンをかけてミュージカル好きの母にママミーアを楽しんでもらい、フライトで欠かせないネックピローと機内用のスリッパに履き替えてもらい軽く、夕食後に安眠アロマセラピーブレンドのオイルで首と肩のマッサージをして、安眠機内モードの母と私は、7時間のフライト時間軽く安眠も取れて快適なフライトを楽しんだ。そして、ゆっくりしか歩けないので、母には車椅子を頼んでいる。これは本当に素晴らしい航空会社のサービスでエコノミーでもVIPなみのドアートゥードアー(カウンターのチェックインから通関全てエスコート付)のサービスには、本当にありがたく空の旅のストレスを半分にしてくれました。

 

 ここで、私の母の病状と心身の健康状態を初めて読んでいる方にホリスティック的にご説明します。

母は、現在78歳私を26歳の時に産んで、父とはその後私が8歳の時に父の不倫が原因で離婚を5年間の家裁をへてドロドロの離婚騒動の中離婚が完了しました。

 母は、岩手県宮古市出身、10人の子供を産んだ105歳まで生きた私の祖母の38歳の時の娘、下から2番目昭和15年生まれです。祖母の妹が九州で結婚をしたのですが、子供に恵まれず母を養女に生後間もなくして出していて、その後戦争になり九州は政争の空襲で危ないので疎開かねて宮古市にもどり、10人家族の中でも自分だけ何故養女に出されたのかと孤独感を感じながら生きてきました。

 そんな母は、自分が一番になり注目を浴びるのが大好きで、中高と体操部のキャプテン自称女番長だった。

18歳の時に東京の代々木にある山の愛子美容学校に入学し、三宿に住み、新宿のバーで父に一目ぼれ二人ともその後相思相愛になりデキチャッタ結婚を母が24歳の時にしました。

自立心が強かった母は、私7歳と姉9歳の時にヨーロッパ研修旅行を1か月ほど行き、その間に父は、経営する病院の常勤の若い看護婦さんと不倫に落ちてしまった。(その後、母は、美容院と喫茶店(夜はカラオケバー)を運営し自立した生活し、娘二人を私立の学校に中学生から行かせ、姉は大学に行きそして私は、留学をさせる位母は、離婚後は365日働いていた。

 そんな、母は父をとても愛していた。夫婦相思相愛だった二人、結婚8年目子供も2人恵まれて幸せだったはずのこの夫婦は、元来のプレーボーイの父の不倫が、発端で不倫相手が【結婚しないと自殺する。】と父を脅迫し、相手のご両親が父の病院にまで来て、私と姉もその場にいて父の姉夫婦が仲裁にはいり、怒りと悲しみ感情の渦まきの中私の記憶では、何故だかわからないけどお父さんがいなくなってしまう悲しさが込み上げてきて、ずーと涙が出て苦しくて咳がでてその後から気管支炎になるほど泣いてしまったのを覚えている。その時来ていた姉とおそろいの紺色のウールの半袖の赤いリボンが付いているワンピースそして母も悲しみの渦の真っただ中で泣いていて、父は下を向きながらずっと無言のままでいた記憶が鮮明に残っている。

 記憶の中で話し合いをしていたのは、父の姉夫婦と不倫相手のご両親だったのを記憶している。その後父は、全てを捨ててフランスパリに疾走し1年後に日本に戻り、母はその間、警察に疾走願いを出して、3年出てこなければ父は死んだ者となり、戸籍から消えるから必ず3年以内戻ってくるからと言っていたのを記憶しています。そして1年して帰国した父と家裁で話し合い、その後離婚は5年後に成立した。

結婚後15年目、母39歳で離婚手続きが完了した。しかし、その後母は父以上に愛する人に出会わず、再婚はしないままでした。

(物心つく頃から私は、結婚=苦労という数式を理解し始めていた。)

 元来の健康な母の身体は、宮古で小さい頃から家で放牧していた牛の牛乳を毎日の飲み、新鮮な自家栽培の野菜と目の前の三陸の海でとれた魚介類を食べていたからであり、体操部キャプテンだった母は、体も柔軟性が高くかつ筋力もある、私とは真逆の体質だった。(私は、父の体質)つまり母は、出産のとき以外は、病気とは無縁の元来の健康遺伝子と狂人の精神力で済め手をやり通す人でした。

長年運営していたカラオケバーで毎日ウィスキーなどを飲んでも、どこも悪くならずにいた母でした。。

唯一、弱いところは、幼少のPTSDの孤独感だ。娘たちが成長し、ずーと一人暮らしだった母は、姉が出戻りで母と同居をし、これが実際にはわが家族の癌であり、姉の娘を姉が外で遊んでいる間赤ちゃんの頃から小学校の3年生辺りまで育てたのも母であった。お店を60歳で閉めてから、一人でも友人と趣味のお三味線と小唄そしてスキューバーダイビングを楽しんでいた母は、アパート経営で生計をたてかつ貯金上手だったので十分な蓄えもあるはずだった。しかし、74歳の時(2014年)、お三味線の先生が亡くなり、仲良くしていた友人も癌でなくなり、ばたばた周りの人たちが毎月の様に亡くなってしまったのです。それが、原因でもともと飲める母は一人で深酒が続き、姉は家に戻っても母には無関心、母が泥酔している合い間に母の貯金を蝕むだけの姉、そして小学生の孫だけが心配しているだけだった状態が続いていました。何度も階段から落ちて血をながしても姉は、何もせずにいたのです。母のお金が無くなるとともに姉は、再婚をし家を出て行き、また一人になった母は、泥酔する日々頭から転び、一人で自宅のドアのガラスにぶつかり、頭から血を流して倒れている所へたまたま母の妹が訪れてくれて私に電話があり、急いで私が駆け付けると体中転んであざだらけになり頭から血を流している母が1階の居間のソファーベットで寝ていたのです。

(この時に脳の小さな血管がきれてしむ一過性虚血脳血栓になっていたのです。)

そして、その間、姉が貯金通帳をとって行きかんぽ保険があったので通帳は、マイナスの数字になっていたです。

 母は、大丈夫だと思い込んでいた私は、自分の仕事と父の介護で頭が母のケアーに行かなかった事を後悔した。しかしこの時現実を見て、母一人で私達を此処まで育ててくれた恩返しをしなくては、と一心に心を決めて計画を立てました。そして、母の独立した一人暮らしが母らしくできるように心身の強壮をするリハビリを計画いたしました。デイサービスを週に4回、ヘルパーさんとボランティアのお話相手をする人など、あるとあらゆる公共のサービスを使用して母の一人の時間を少なくしました。

 18歳で私は家をでて、いつも家族とは自分は違うリズムと価値観で生きてきたので同居は不可能だと確信し、それでも、大切な母を期間限定で母のリハビリを定期的にプロフェショナルな目と娘の愛との双方を兼ね備えて行っていく計画にする事で、介護の共倒れを防ぐことができると考えていました。

 一緒にいてストレスを感じて生きて行き家族がそれぞれストレスで病んで行き、近年ニュースなどでも非常に悲しく不幸な結果を生み出しているの日本です。これは、昔からの日本の社会的価値観で親の面倒は同居という固定観念が生み出した悲劇と社会的現象です。

 

このような悲劇を生み出さない為にも、親との同居の罪の意識は開放し、私は母とは、期間限定のリハビリを母が生きている限り行う事にしました。

 この結果、ケアーマネージャーやデイサービスの人もびっくりするほど、寝たきりでおむつをしていた母が、飛行機乗りハワイに暮れる位の体力ができるほどになったのです。このケアー方法は、きわめて簡単、規則正しい生活と軽い運動そして励ましの掛け声、そして一番大切なのが母用のパーソナルブレンドのアロマセラピーケアーでした。

 

 先ずは、母のケアーに集中して、新陳代謝を高めるブレンドオイルを塗布して毎日欠かさず全身に優しく刷り込むように優しいアロマセラピーマッサージをしていきました。

長い時間うつ伏せが無理なので15-20分ほどの間の優しいタッチのマッサージを朝晩2回しました。

寝たきりになってしまってオムツをしていたので、認知症にもなってしまったので、脳を活性化するエッセンシャルオイルのブレンドのカプセルを母に1日3回飲んでもらい。後は、お酒を断つ約束をしてもらいました。これが一番の問題です。

お酒は、依存性がたばこ同様あるので、認知症にもなっていたので、理解力が乏しく、本当にこれが忍耐と継続の連続で我慢してもらいます。初めは、寂しさと時間を持て余す気持ちを紛らわすために飲んでいたお酒が、習慣になりそして知らない間に依存していき、毎日飲まずにはいられない精神状態と身体状態に陥って行きます。

 気をそらすのが一番なので、マッサージをしたり、ストレッチをしたり、後は、1週間に4日間デイサービスに通ってもらい飲む時間を=テレビをみる時間を減らしていったのです。

後は、お酒の代わりにノンアルコールビールに変えて飲んでいる気分にしていきました。

後は、クラリーセージがお酒の依存を解放していくのでこのハイドロゾルと肝臓をケアーするハイドロゾルの入ったブレンドを作り、お水に混合して飲んでもらいました。1年ほどこれを頑張って、毎日継続していたら、ゆっくりシルバーカーを押しながら2-3キロ歩けるようになり、記憶力も、メモをしたり、日記をつけるようにしてもらい少しづつもどってきて、簡単な会話ができるようになって行ったのです。

 

 母は、長年の喫煙と飲酒により嗅覚が、弱まり、60代から嗅覚機能が衰え、(初めの認知症の兆候は、嗅覚と聴覚が衰えて行く事です。刺激物(アルコール・たばこなど)を飲んでいると60代から正確なに香りが嗅げず、音も聞こえない音が出てきます。)今では、ほとんど香りは嗅げないのですが、エッセンシャルオイルの薬効を経口経皮から吸収する事で効果を引き出すことができたのです。

 

 認知症になると、脳内のニューロトランスミッターのセラトニンとドーパミンの分泌が悪くなりじっとしている我慢ができなくなったり寝つきが悪くなったりで、じっと座っていたりするのが難しくなる人が多くなります。長い間高齢になって眠れなくなるのがその兆候です。若い時には、10時間しっかり寝ていたのに、段々とホルモンの分泌が悪くなり長時間継続した睡眠をとれなくなります。またその他の原因として、ストレスや興奮状態にあるとドーパミン方になり眠れなくなります。

母は、安眠用のアロマセラピーのヘッドマッサージをするとセロトニンとメラトニンのホルモンの分泌が高まり、ぐっすり8時間継続して次第に眠れる様になって行ったのです。

 昨年は、約1年間アメリカのグリーンカード(永住権)を拾得するために、日本に帰国できずに母に合えずにいたので、少し認知症も進みかつ運動能力が低下してしまいました。その為に、今年は、この2か月で少しでも母が母らしく母の寿命の最期まで生きられる様にリハビリをハワイのカイルアにて行います。

 

【リハビリプログラム】

  .好吋献紂璽襪箸靴討蓮朝のヘッドマッサージと背骨のマッサージそして足のマッサージを

   15-20分ほど着替える前に行います。

   (オイルが身体に経皮投与で浸透するのに最低限必要な時間5-20分)

 ◆…食前に1mlの脳活性カプセルを1個グラス1杯の水でしっかりと飲んでもらう。

  カイルビーチパークで朝のストレッチと散歩約60-90分ゆっくり焦らずにお休みしながらマイペースで行います。

 ぁ.薀鵐舛料阿烹隠蹌譴稜廠萓カプセル1個グラス1杯の水でしっかりと飲んでもらう。

 ァ.廖璽襪之擇な發練習10分程度。ジャクジで2-3分頭りながら筋肉をほぐす。

 Α.廖璽襪ら上がってから、リラックス用のマッサージオイルで背骨、腰・脚・足を中心にマッサージする。

 (着替える前のタイミングがマッサージのするタイミングです。認知症になると着替えが通常より困難になるのでタイミング見計らって行います。)

 А〕漆前の脳活性カプセル1mlをグラス1杯の水でしっかり飲んでもらう。

(夕食は午後6時までにとると寝る前に消化して胃腸に負担がかからずに質の良い睡眠がとれます。)

 ─〔8時半までにベットに横になってもらう。寝る前には、

   安眠用オイルでヘッドマッサージ、足の循環と神経の活性用オイルでリフレクソロジーを行います。

 

 以上8個のステップを根気強く忍耐強く行います。できなくても、出来てもできるだけ毎日のルーティーンになるように同じような時間に行う事で体内時計をリセットしていきます。お食事は、新鮮なお野菜と果物を中心に献立を考えて行きます。(コールドプレスのジュースを飲んで足りないビタミンとミネラルを補給してもらいます。)認知症になる人の体質の特徴として、高血圧・高コレステロール・高血糖症がありますので、お食事の献立は、砂糖を使わずに、減塩食そして高蛋白質・ビタミン・ミネラルを豊富な食事を揃えます。勿論、余り制限するとストレスになるので好きな物を食べたい時に少量たべるのは大丈夫です。

 

二か月かの成果を皆さんこうご期待!

 

リハビリに必要なオイルは、5点…用活性用と¬詬儖駄架僖悒奪疋泪奪機璽戸僉ΝD用の新陳代謝活性・ぬ詬僖螢薀奪ス用全身マッサージオイル・そして一番大切なデ召虜挧Δ魍萓するサプリメントカプセルブレンドを毎日使用していきます。

 

母は、2日目にして既に進歩的な効果で、階段を一段づつゆっくり下りていたのが左右の足を交互にして普通に上がり降りができるように脳が指示できるようになりました。そして、カイルアビーチパークを2キロほど42分ほどかけてシルバーカーでゆっくりビーチに海を見にいったりしながら、歩けるようになっているのは、寝たきりの2年前からは信じられませんが、まだまだ少しづつ後2か月で安定した歩き方が少しでもできるように、散歩や水中歩行、ストレッチしながらアロマセラピーマッサージを毎日してリハビリをします。

 

 

LOVE&ALOHA、

MIDORI

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鎮痛剤(アスピリン)の依存症から抜け出すためのアロマセラピー

  • 2018.11.08 Thursday
  • 10:07

11月7日 晴天 気温27度 

ラニカイビーチの青空と青い海に癒されて、気が遠くなるくらいリラックスしている私です。

 

そんなスローライフをし続けて、ほのぼのと生活をしながら、義理の母の痛み緩和アロマセラピーのお話を今日書いています。

 

義理の母、マーサは、82歳とは信じられないくらい元気ではつらつとして生活をし、今でも現役会計士の仕事しておりますが、

40年以上膝のリュウマチの痛みと一昨年、転んでしまい左肩を痛め手術をした為に、アスピリンを毎日1-3錠使用していました。気が付くと鎮痛剤の依存症になってしまっていたのです。

 

依存症とは、意外に自覚がなく、気が付くと体調が悪化し、病院で診てもらい、はっと気づくと依存している

自分がいるのです。

 

しかし彼女は、今年の初めに、心臓の鼓動に不快感と痛みを感じ、循環器の専門医にかかると、心臓の不整脈がでて異常がみられドクターストップがかかり、アスピリンが全く使用できなくなってしまったのです。

 

(アスピリンは、血液をサラサラにする働きがあり、高齢者の高血圧症の人は、常用すると心臓発作や動機などの原因になることが、最近の統計で出ています。また、高血圧症用の薬や凝結剤と一緒に使用を避けるようにガイドラインが出ております。)

 

そこで、私が義理のお母様の為に、提案!!!

 

 初めからカプセルは抵抗があったので、野菜やフルーツが大好きな義母に消炎作用のあると言われている野菜とフルーツのジュースにエッセンシャルオイルを混合して1日200ml程度を3-4回飲んでもらいました。

 

  (抗酸化作用プロフェノール・ビタミンA・C・マグネシウム・必須脂肪酸オメガ3などが豊富なコールドプレスジュース:

  有機栽培ビーツ、セロリ、タンポポの葉、ターメリックの根、ブルーベリー・パイナップル(消炎作用が高い)マンゴのコール       ドプレスジュースにブレンドオイルを混合しました。)

 

 義母は、すると夜痛くて目が覚めてしまい、ジュースを飲むと自然と痛みから解放されて眠りにつけるようになったのです。

ジュースを飲みだしたのが、1月から3月までの三か月は、痛みが頻繁に出たので、1ltを約3日間で飲み切る感じで飲んでもらい。1回飲んだら3時間空けて再度飲んでもらい。週に2回ほど義母の家にジュースを配達して、素敵な義母とのコミニケーションの

切っ掛けにもなり、元気になって行く義母を見ながら嬉しい限りで、義父は、このジュースは命のエリクシア(メディカルポーション)だね。と褒めてもらい。私も、ジュースを作るのが楽しみなっていました。

 4月あたりから、痛みの頻度が可なり低減され、1週間で3リットルほど使用していたの量が少しずつ減って行き、10日で1.5リットルほどになり、6月には2週間で1.5リットルほどに低減され、義母も痛みから段々解放されて行き、ホッとしているようでした。

 

カプセルに代わる切っ掛けとして!義母が1か月旅行に行くのでジュースが配達できない!!

 

それを切っ掛けに、1mlカプセルのブレンドを1日3回使用するようにカプセルを作り渡すと、

そして、カプセルでも効果がある事を証明する可能用に、途中両行を後1か月延長してサンフランシスコの娘の所に滞在するので、郵送してください。とEーメールが入り、早速

ブレンドカプセルをサンフランシスコの義理のお姉さんの所に郵送したのです。

 

勿論、コールドプレスのジュースも効果的ですが、エッセンシャルオイルブレンドは、

ニューロトランスミッターや酵素を刺激活性鎮静し、素晴らしいホルモンバランスが

自然に自己の力で保てる補助をしていくので、次第に自己の自然治癒力が高まり正常の身体のバランスになるのです。

 

義母の場合は、高齢になると分泌しにくくなる、セラトニン・ストレスにも対応するコルチゾンそして鎮痛効果の高いエンドルフィンを活性して鎮痛・鎮静効果を高めてより良い睡眠をとれる様にブレンドしました。

 

今では1日朝晩2回1カプセルを使用するだけで、飲み忘れても余り酷い痛みには悩まされない様に改善されたのです。

個人でそれぞれ効果は、異なりますが、最短3か月から6か月から効果を感じる人もいれば、3年使用して気が付くと

症状が殆どでなくなっているという方もいます。10年または、30年使用していた慢性の症状ですので、改善を感じられる

には、時間と根気が必要です。

 

このブレンドの主役は、日本でもおなじみのターメリックの根(Curucuma Longa L ) エッセンシャルオイルです。

 

【主なCurucuma Longa L のエッセンシャルオイル有機化学成分 約】            ターメリックの根の写真

 

Trumeric root

 Turmerone 28%

   ar-Turmerone 27%

   ingberene 16%

   a-Pje;;amdreme 16%

   b-Sesquiphellandrene 9%

   ar-Curumene 3% 

   Carlone 4%

   a-Caryophyllene 4%

   Terpinolene4%

   B-Caryophyllene2%

   p- Cymene 1%

 

そしてニゲラサッティバ( ブラッククミン)CO2の植物油に希釈します。 ブラッククミンは必須脂肪酸のオメガ3・6がバランス良く混合されていてかつ、抗酸化作用と消炎作用の高い(Tymoquione がCO2での圧搾法の物は通常の圧搾法の約10倍といわれている。 )

 

 内服用のエッセンシャルオイルは、全て有機栽培の物のみを厳選して使用し、私が、南仏・カナダ・エクアドル・オーストラリア・ニュージーランド・アメリカ・メキシコ・エクアドル・インドなどを蒸留の仕方や栽培方法を確認して買い付けた物を使用しております。通常市販されているエッセンシャルオイルは、80%が混合物・化合物・添加物が入っている為に内服や皮膚に使用する事は不可能とされています。

  そしてクリニカルアロマセラピストとして経験が豊富なアロマセラピスト(アロマトコロジスト)が、体質を確認してブレンドする事により効果を発揮します。

 

依存症や慢性の痛みにお悩みの方は、是非ご相談ください。

 

info@argutha.com

mobil: 090-6526-6334

 

MAHALO NUI 

MIDORI 

注意欠如・多動症障害 に対応するアロマセラピーで障害ではなく個性としてとらえる!

  • 2018.04.12 Thursday
  • 04:55

4月11日曇り時々晴れ 気温24度 

 

気が付くと2018年の3分の1が過ぎ、ブログを今年久々に書いています。

ブログに書きたかった内容は沢山あったのに、何かと忙しくて気が付くと4月が過ぎていた。

今年は、自己の再婚そして本格的にハワイでの移住手続きで30年ぶりにインフルエンザになりそして膀胱炎にまでなってしまったのです。ハワイは気候がいいのにインフルエンザになるとは?それも、ビザの申請の為初めて予防接種を日本で討ったのにも関わらず、感染してしまったのです。

 アメリカでの結婚の手続きの複雑差そして、やはり正式に結婚する事への責任への重たさなど気が付かない間にストレスが心身の免疫力を低下させていたのかとふと思い返しています。

 ストレスの一つに、ジョン(夫)の子供カリーナ(娘12歳)が脱毛症の為セラピーに通っていて、年末にADHDだと診断され、薬を処方され、前妻がファイザー(製薬会社)に努めてかつ看護師である為に薬を彼女に進めて飲むことに勝手に決められてしまったが一番であった。その後カリーナとジョンに話して、成長期にナーコティックな薬を使用する事は控えた方が良いのでは?と提案し、父が睡眠薬や抗うつ剤からピック病(前頭側頭葉性認知症)を発症した事をなどを話して、アロマセラピーなど自然療法と適度な運動など環境を整えて対応する事を進めた。

 カリーナの場合は、診断ミスである可能性も高いかと考えられる、なぜならば彼女の天才的記憶力(フォトグラフィックメモリー)とそれを応用する力はずば抜けているからだ、彼女は、大好きな本を丸暗記してしまったり、大好きな映画の俳優たちのセリフを暗記してテレビと一緒にセリフを言ってしまうくらい、暗記力が高いのである。また、カタカナを直ぐ理解そして暗記して日本語しか話せない私の母の為にカタカナで母とコミニケーションを取りるために2時間ほどカタカナを凄い勢いで記憶して母が過多中で書いた分をグーグルトラスレーションに打ち込みコミニケーションをとって楽しんだりするのだ。ただし、嫌いな人や苦手な事には、全て拒否反応を強く表し全く無視してしまう事がADHDかと間違われているようだった。スペイン語の先生が嫌いで、スペイン語のクラスでFをとってしまい、前妻に怒られ、カリーナは自分の気持ちを伝えられずに部屋に閉じこもり泣いていたりする。かなり一般的な12歳の子供の反応である。

 そこで、セカンドオピニオンを他の医師にもらう事を提案したのだ。

ジョンは、ADHDの両親が行くセミナーに通ってどのように対応すればよいかを学び、親たちの意見などを聞きながら、カリーナがADHDの診断ミスでないかと疑心しだしたのも1つの理由で、セカンドオピニオンをもらう事にしたのだが、前妻との兼ね合いもあり、上手くこの話を進める計画を立てた。

 ADHDは、個人差もあるが、脳のドーパミンが出過ぎる脳の疾患であり、体を当然動かしたりする、叫んだりする行動を突如してしまったりする。この行動は抑えられず、集中力も欠如しその為、学校などでの生活がしにくくなる。 

症状(ウィキペディア参照)

衝動性(impulsive)・過活動(hyperactive)・不注意(inattentive)などの症状が確認される[17]。典型的には生まれつきのように症状が存在する[4]。一般的にみられる症状であるため、症状が合致するだけでは不十分であり、若年で発症して継続し、発達上不適切に持続しており、特定の状況だけで見られるのではない必要がある[4]

DSM-IV-TRでは症状に従い、以下の3種に下位分類がされる。

  • 多動性・衝動性優勢型
  • 混合型
  • 不注意優勢型 (attention-deficit disorder, ADD)

特に男子では多動性と衝動性しかみられず、特に女子では不注意しかみられない場合がある[4]。過活動が顕著でない不注意優勢型の場合、幼少期には周囲が気付かない場合も多い[要出典]

一般にADHDとして扱われるADDは、多動性が少ない不注意優勢型である場合が多い。子供ではICD-10による多動性障害たどうせいしょうがい[18]の診断名が頻繁に適用される。

不注意(inattention)には、以下の症状などがある[19]

  • 簡単に気をそらされる、細部をミスする、物事を忘れる
  • ひとつの作業に集中し続けるのが難しい
  • その作業が楽しくないと、数分後にはすぐに退屈になる

過活動(hyperactive)には、以下の症状などがある[17]

  • じっと座っていることができない
  • 絶え間なく喋り続ける
  • 黙ってじっとし続けられない

衝動性(impulsive)には、以下の症状などがある[17]

  • 結論なしに喋りつづける
  • 他の人を遮って喋る
  • 自分の話す順番を待つことが出来ない

年齢が上がるにつれて見かけ上の「多動(落ち着きがなくイライラしているように見える)」は減少するため、かつては子供だけの症状であり、成人になるにしたがって改善されると考えられていたが、近年は大人になっても残る可能性があると理解されている[17]。その場合、たいてい症状は弱くなっている[4]

その場合は多動ではなく、感情的な衝動性(言動に安定性がない、順序立てた考えよりも感情が先行しがち、論理が飛躍した短絡的な結論に至りやすい)や注意力(シャツをズボンから出し忘れる、シャツをズボンに入れ忘れる、ファスナーを締め忘れるといったミスが日常生活で頻発する、など)や集中力の欠如が多い。

これらを見ても、多くの人に度合いの違いはあるが存在する行動である事が理解される。

 ADHDにも度合いがあり、アインシュタインなどもADHDであったといわれている。最近はADHDが、可なり一般的な診断になり、歌手のジャスティンビーバーや俳優のウィル・スミス多くの俳優や芸術家またスポーツ選手(オリンピア マイケルフィリップ)などに 多いのである。ADHDと診断されている人々は、サラリーマンで活躍するより企業したり、芸術家になったり好きな事を追求して社会で生活すると成功すると言われている。

また、自分で自覚して好きな事を追求するとADHDや発達障害がある人でも社会に溶け込み生活をするのは、勿論可能でありある意味では個人の個性ととらえても良いと考えられる。度合いにもよるが、障害という言葉の為に、自己否定や自尊心欠如になり人生を謳歌できなくなってしまう社会ではなく、他の人と自分は違う個性を持って生まれてきているんだと自覚して生きると事で、より自分らしい生活をしていく社会を形成する方が良いと考えている。100人が皆、同じような行動する社会があったらそれは、社会をコントロールする社会であり、まるで戦前の日本のようであり、また今の北朝鮮の様な社会が形成されてしまうのではないかと考える。

 

 アロマセラピー使用すると、カリーナ曰く、マッサージやカプセルを使用する事で、ストレスが解消され、いやだという気持ちでいっぱいにならずに安定した感情を保てるが、薬を飲むと嫌な事でも集中できると説明してくれた。

薬の場合は、ドーパミン抑制作用があり、集中力が付くが、食欲を抑えるため薬が切れると劇的に食欲が出てきて、過食になってしまう。ただでさえカリーナは、好きな物を好きなだけ食べるのでこの薬を飲んだ日には、グリルドチーズを5枚(食パン10枚)を帰宅後食べてしまいその後にラーメンを1杯食べる位になるのだ。成長期とはいえ、少し食べ過ぎになる。

 カリーナとは、親子の関係というより大人の友人という関係に近い私のアロマセラピートリートメントは、どこまでカリーナの成長に役立つかは、これから私の根気比べである。何故ならば、私が提供ししないと始まらず、子供なので自分のケアーはなかなか自分で率先してできないのである。ふと考えると人間成長するにつれて、如何に自己のケアーができるかで自分の心身のバランスが取れて行くのである。これは、子供の頃は、親が自然と教えて行くものと考えられる。

 

アロマセラピーは、心身のバランスを整えるセルフケア―の一環でもあるが、植物の芳香化学微粒子の成分は、複雑に構成られている有機化学成分のバランスが心身に働きかけ薬の様な効果を発揮していくのである。その詳細は、現在多くの研究所で判明されてきている。この複雑に構成された有機化学成分を、的確にブレンドする事により効果を発揮していくのである。

 エッセンシャルオイルで、セラトニンホルモンを高めドーパミンを抑制し安定した感情にするのが一番カリーナ必要なのでメリッサオフィシャナリス・アルパインラベンダー中心にブレンドをしてヘッドマッサージ・背面のマッサージを日々している。またカプセルを朝学校に行く前に使用している。また自己の認識力をたかめるベチバCO2・パチョウリなどをブレンドしたカプセルや帰宅して直ぐ宿題をするように帰宅前にディフューザーブレンドを使用している。

 

多くのADHDを子供、または成人してADHDと診断されて悩んでいる人もいると思いますが、人間の個性ととらえて、自己の心地よい環境つくりにまず取り組めるように薬で抑制するより、アロマセラピーで取り組む事をお勧めいたします。

 

ブレンドにご興味がる方は、Eメール(info@argutha.com)までお問い合わせください。

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

 

舌が痛い・夜よく眠れい・節々が痛い・倦怠感が残るそんな症状には、アロマセラピー

  • 2017.11.06 Monday
  • 11:17

11月6日(月曜)晴れ気温 12度

 猛暑の夏が過ぎそして後1か月で師走にはり平成29年もあっという間終わってしまいますね。今年は、どんな年でしたか?

気持ちよく、元気に今年も年を越したいものです。

 身体的・精神的・感情的にも中々頑張れなくなってくるのは、大腸の善玉菌と悪玉菌のバランスが良くなくなって来ているサインです。体内には、数億以上の細菌と私達は、共存していてそのバランスで健康を維持しているといっても過言ではないのが現実です。最近では、大腸に感情的を左右するホルモン分泌が可能である事が研究で発見されています。(テッドトーク)

 年齢と共に、これらのホルモンの分泌が悪くなり多くの不調を発症していくいくつかの症状があります。

 

  _縞部にガスがたまり下腹部がはる。

 ◆〇肉炎でも虫歯でもないのに口臭がある。

  舌が痛い。または舌が白くかぶさったような膜がはっている。

 ぁ.曠襯皀鵐丱薀鵐垢崩れる。(生理不順・生理痛など)

 ァヾ鼎なを欲する。

 Α‘がボートする。

 А\瓠垢痛くなる。

 ─\欲が低減する。

  慢性の鼻炎・アレルギー

  疲れているのに眠れなず、慢性疲労になる。

  感情的に不安定になる。

  爪や皮膚の真菌感染

  陰部の感染症・かゆみやおりもの・または膀胱炎など感染症  

 

 これらの症状をここで見て行くと、余り気にならない症状ですが、全てが一変に来るととても辛い健康状態になります。この状態を放置しておくと、カンジタ菌(イースト菌)が心臓・脳内に入り、認知症や心臓病へと発展していきます。また、新たな食品アレルギー(乳製品・卵・コーン・グルテン)を発症する原因にもなります。

パン食・アルコール類を良く飲む人・甘い物を良く食べる人などに好んで食べる人に発症しやすい症状です。または、抗生物質を頻繁に使用して、免疫力が低下している人・バースコントロールを使用している人・喘息などでステロイドを使用している人・化学療法や放射療法を癌治療で使用している人・糖尿病の人なども感染しやすいカンジタ菌です。

 

実際に、私の所にも多くの人がこれらの症状でお医者さんに行っても治らずにコンサルティングをお申し込みがあります。まずは、腸内の菌類のバランスを整えるのが大切なので、この場合は飲用のカプセルを使用します。また舌が痛かったり皮膚や爪に症状がある場合は、飲用と同様にうがい用のブレンドと経皮用のブレンドを使用してもらいます。人のより免疫力と食事療法などが異なり約3か月から半年でほぼ改善されます。

 

爪の殺真菌:タイムチモール3ml・タイムリナロール3ml・オレガノ1ml・レモングラス4ml・ティートリー3ml・クンジアアンびグア2ml・ヘリクリッサムジモセファラム3mlニアウリ4mlをブレンドして1日3回患部に使用します。

 

飲用は、朝昼晩3回1mlカプセルを飲用します。

(個人によりブレンドは変わるのでコンサルティング後決定いたします。)

 

 

これらの症状がある方は是非アロマセラピーで改善していく内臓に負担なくより良い、健康なライフを改善後過ごす事が可能ににあります。E-MAIL info@argutha.com にてお問い合わせください。

 

LOVE&ALOHA,

MIDORI

 

 

 

 

効果的な慢性症状の乾癬症状へのアロマセラピー対応

  • 2017.09.13 Wednesday
  • 09:42

9月13日(水曜日)晴天気温27度

やっと朝晩が過ごし易い日々が関東地方へやってきた。雨の多いい秋の青空は、とても心が晴れ晴れします。

ハワイのカイルアとほぼ同じ気温の今日この頃、特にハワイが懐かしく感じる日々を過ごしながらこのブログを書いています。

 今日は、慢性的皮膚疾患乾癬について書いて行きます。皮膚の疾患の原因は、アトピー性湿疹などを含めて慢性的症状の場合は

、とても個性的(人により原因が異なる)な場合がほとんどで根気強く向き合わなくてはならないのが、先ず初めの心得であり、根気強く向き合う事により必ず改善するエッセンシャルオイルブレンドが発見できます。

 そして私の皮膚は、身体の一番大きな臓器であり、その為経口・経皮投与を必要になってきます。経皮と経口のどちらかだけだと、今までの経験上、アロマセラピーの使用で症状を緩和する事は、困難であります。私は、クライアントの人に、両方の方法があると説明し、選択していただいているのですが、効果的でかつ早く緩和されるのは、やはり経口・経皮を同時に行う事が最短の緩和方法であるという事が殆どの場合です。これは、多くの症状緩和への使用法がそうであると20年間の経験を経て統計的に出ています。体質にも関係してきます。

 肌に出やすい人の体質は、私もそうですが、やはり甘いものや揚げ物ばかり食べていると直ぐに、吹き出物がでたりします。航空会社で勤務していた20代の頃は、東京の久が原から成田空港まで毎日往復5時間かけて通い、行にキャラメルのハイチュウの上段を制覇し、帰りに下段を制覇し、なんとほぼ毎日1箱食べてしまい、顔中に小さな脂肪の塊の湿疹がでて脂漏性湿疹になってしまった経験がある位、食べたものが皮膚に出てきます。その他の体質には、皮膚に出ず内臓に沈殿して行き、糖尿病などメタボリックシンドロームになるのです。どちらも健康を害する道にまっしぐらです。自分の体は、必ず食べたものを代謝していくのでそれを理解して食べ物を選択するのは、健康への一番の近道でしょう。人によっては、それが固執し過ぎて、ストレスになる人もいるので、適当に気にする事が大切です。特に子供は、食べ物のストレスが高まるので、上手にお食事を変えて行くのが良いですね。

 乾癬とは、慢性の皮膚硬化疾患であり、皮膚の形成が通常の10倍速の速さで形成し、クラークの周りや内部に炎症を発生する為痛みを帯びたり、かゆみを感じたりとても不快な皮膚の疾患でです。日本人には0.1%の割合で発症して、稀な皮膚疾患ですが、白人系の人々に発症しやすく、戦後日本でも発症が増加した為、食生活なども関係していると考えられています。私の経験では、薬の副作用で急性的に発症した例もあます。この場合は、腹部など全身では無く、局所的に発生して、発症後直ぐに経皮投与をしたので、容易に経皮投与で緩和され、原因の薬投与もやめてたため再発や慢性化には及びませんでした。

 遺伝的でない場合は、、内外のストレス、気候の変化、高脂肪摂取などの生活環境で悪化する事例も多い。そのため、元々の体質的な素因に精神的・肉体的なストレスや紫外線不足、肉食系の食生活などが関係して発病している可能性も考えられ、研究されていますが、原因はまだ明確には解明されていないません。

 実際、乾癬の症状が出なくても、基本的に健康なライフスタイルは、適度な運動と日光浴などを含めて外での運動でビタミンD補給・季節の野菜や果物を中心にした食生活、そして適度な水分の補給である。そして、ストレスをためないのが一番の健康の基礎であります。

 ここで、お勧めのエッセンシャルオイルを書きたいのですが、これは人により異なる為、これといったオイルを出すのはとても困難です。唯一私が、必ず経皮に使用するのは、ジャーマンカモマイル・イタリアンエバーラスティング・ニアウリのエッセンシャルオイルです。特にジャーマンカモマイルCO2オイルは、消炎作用が高く微量で効果を発揮します。

アロマセラピー使用中の映像

 

アロマセラピー使用後の映像

 

 この場合は、体全身に出ているケースで特に症状が出ているのがくるぶしの箇所になります。3か月ほどでかなり改善されましたが、初めはステロイドを使用していたのその薬の副作用でアロマセラピーを開始後皮膚の治癒力が戻る為に炎症と皮膚の硬化症が悪化してしまいましたが、経皮投与用のブレンドを変更して1か月ほどしてから、再度元の治癒力を高める経皮ブレンドに戻し、皮膚の形成が通常化するまで3か月ほどかかりました。治癒力は人により異なりますが、ステロイド系の薬を使用していたりすると治癒力改善までには、かゆみや炎症・硬化症が一時強く出る事もあります。ここで、そして、慢性化した乾癬を完全に治癒するのは、個人差や年齢経過などにもよりますが、とても困難な事なんで、日々症状が出ないように、経口経皮使用を回数は減らしながらも使用し続ける必要があります。そして、アロマセラピーの治癒力の素晴らしい所は、皮膚の治癒力が改善されると同時に、内臓が健康になりかつ気持ちの安定も使用前より高まって生活がスムーズになり向上していくのです。そして全てのの精油は、オーガニック素材であり、この精油を製造している人人それは、日々オーガニックのハーブや植物を育て居ている世界中の人々へといきわたります。薬は、勿論大切ですが、ほぼ世界で一番売り上げを上げている製薬会社へと行きます。勿論、薬は大切さはあります。緊急の時など大切ですが、薬で改善されない、慢性の治癒力にかかわる症状は、エッセンシャルオイルなど自然療法が地球の為にも素晴らしいエコロジカルな社会を築き上げる姿勢ではないかと考えます。

 長年アロマセラピーの活動をしてきて、多くの治癒・健康方法がある中でオーガニックの精油を使用する事により、よりエコロジカルな生活へとつながっていく喜びを感じていきていく事ができる事です。 慢性の皮膚の疾患でお悩みの方、是非ご相談下さい。

お問い合わせは、E-メールまたはお電話でお願いいたします。

 

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夏の食中毒の後には、アロマティック虫下しブレンドですっきり心身の健康!

  • 2017.09.02 Saturday
  • 12:29

9月2日土曜日 雨時々曇り 気温21度

 アラブ諸国並みの猛暑が過ぎ、9月に入り長雨やトンボが雨宿りをしながら家の壁にとまっている光景を見ながら秋を感じる今日この頃です。秋と言えば、ホリスティック的には、過ごし易い気温(24度から17度前後)で臓器が緩みデトックスが効果的に可能になる季節です。秋の長雨は、夏の汚染物を浄化するために振り続けるようです。汚染の高まる現代の、雨は地球再生能力の知恵でもあるかのようです。

 デトックスと浄化の定義を簡単に言うと、浄化は、毎日お風呂に入りお清めと同じで汚い汚れや思考を洗い流す事で朝晩の瞑想や入浴すると事で短期的に容易に可能な事です。勿論健康な心身の維持には、毎日行うことが大切です。言葉では、汚染物を排泄する事です。入浴する事により、皮膚や汗腺内の汚染物は流せても消化器官や循環器系の汚染物を排泄しないでしょう。そこで、今ホリスティック的に言われているのが、水を飲む事です。より効果的に行うのが、オーガニックレモンのエッセンシャルオイル(殺菌・浄化効果)500ml0.5mlほど入れて1日1−2リットルこれを飲用する事です。成人の心身は平均50−65%が水分です。50kgの人間であれば、25kgは水分です。これを浄化するには、最低約1リットルの蒸留水が必要になります。

 

 解毒は、浄化と異なり心身の毒素を分解排泄する事である。これは、容易にできる事ではなく、毒を分解するには時間がかかる事である。体内の自然治癒力で通常身体には、毒(通常蛋白質性)を分解する解毒酵素が存在する。そして毒素とは、生細胞あるいはせ産生される有毒物質である。一般的に、蜂や毒蛇などの毒は、急性の為医療的解毒薬が必要になる。しかしながら、慢性化した体内に少しずつ蓄積・沈殿して行く毒は、年に2回春夏行うことで、古来の知恵アユルベーダや中医的にも奨励されている健康維持の必要不可欠な定期である。

 近代の慢性的な体内の毒は、精神不安(トックシックマインド否定的感情)・呼吸器系疾患・アレルギー・メタボリックシンドロームを引き起こしている要因でもある。

 毒と言えば、私は、今年フランスとイタリアにオイルの買い付けに行った宿で私は、食中毒のような状態に1日なり、外食もつづいたので寄生虫除去のブレンドを10日間ほど1日3回飲用しました。寄生虫は、体内の全てにいきわたる可能性が高く長年にわたって体内に寄生する例もあるほどです。毒と同様に、精神不安・アレルギー(皮膚のかゆみ・蕁麻疹)・腸の敏感症などが慢性の寄生虫のいる症状で薬では対処しにくい症状です。なるべく自炊をしていたのですが、やはり外食が続くと内臓が疲れて為か南仏の高級リゾート地マントンの美しいビーチから上がり、車に戻ると突然頭痛と悪寒に襲われ気分が悪くなり、横に建っている閑静なマンションの美しい垣根の中に私は、倒れここむように朝食を全て嘔吐してしまいました。その日1日気分は悪く、水分だけ取る事が出来たので、オイルを飲んで気分は治まりましたが、朝食に食べなれない薄切りサラミを食べ、日本人の私だけの胃腸に合わなかったようです。帰国後、やはりサラミなど加工食品には、寄生虫が生息する可能性が高いので、念のため7日間寄生虫除去用のブレンドを飲用して消化器系の浄化をしました。3日間飲み続けると排便の色と匂いが変わり、5日目から腹痛なしの下痢のような状態が続き宿便が排泄された。7日間飲み続けた後は、通常の更年期対策ブレンドに変えてオイルを飲み続けました。

 この話をカイルアに戻ったジョンにすると、彼も寄生虫除去ブレンドを飲用したいとの意思だったので、ハワイにEMSで送り飲んでもらうと、オレガノ匂いがして力強い感じで後は、何も特に変化はないとの言われたのがやはり彼の場合も5日目に宿便が排泄されてすきっり感が出てきたという報告があり、7日日間飲んでもらいました。彼の場合は、アレルギーや皮膚のかゆみもあるので、10日間飲んでもらいました。勿論、その間1日1−2リットルのお水を飲んでもらいました。

 この後は、私たちは、9月中旬を待ちデトックスブレンドへと変えて行こうと提案したら、彼は、なんだか考えただけでCLEAN!CLEAN!と楽しそうに連呼して新たなライフスタイルを喜ばしく感じているようでした。

 

 寄生虫除去ブレンドをご希望の方は是非Emailにてご連絡下さい。人により、ブレンドは変わりますのでお電話かEmailにてコンサルティング後にブレンドを確定いたします。

 特にこのブレンドをおすすめの方、外食が多いい方・肉食やシーフード(お刺身お寿司)を食べる方・生野菜を良く食べる方などは、体内に寄生虫がいる可能性が高いです。勿論自然療法以外でも虫下しの薬は、お医者さんで出してくれます。エッセンシャルオイルで寄生虫除去をすると、副作用がなく克寄生虫以外にも殺真菌効果・殺バクテリア効果・殺ウィールス効果を期待でき、肝機能や臓器の健康を推進するとてもソフトランディングな健康方法です。

 方法は、1日3回食間に1mlカプセルに入れたブレンドを飲用して、1日を通じて1−2リットルのレモンエッセンシャルオイル入りの水を飲んでいただきます。これを1週間から10日間使用してもらいます。

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

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幸福な人生への選択アロマセラピーブレンド

  • 2017.08.01 Tuesday
  • 09:02

8月1日 火曜日 朝から気温28度湿度84% 不快指数95% 

 

 台風5号が関東地方に接近してきている、高温と湿度で不快指数が高まる8月1日の日本、南仏と北イタリアのカラッとした夏を過ごした16日間、大満足な素晴らしい新鮮で神聖なエッセンシャルオイル達の買い付けから帰国し10日間が経過し、その余韻に

浸ってまだ、不快指数の高い日本の夏なのに自分は、とても大切な人からの愛に満ちた自分が存在し、幸せであると気づいていた。

この気持ちは、過酷な父の介護生活そして死から、3年11か月が過ぎた現在の自分の真実の気持ちである。 

 母が朝の愛犬モモちゃんと散歩から戻り、蚊に刺されている膝にペパーミントのエッセンシャルオイルを塗りながら、恒例のヘッドマッサージをして2階に上がり、ブログを書き始めた。

 今日は、幸福な人生への選択方法へと導くアロマセラピーブレンドと哲学を私のブログを読んでいただいている皆さんとシェアーします。

 多くの人間の人生には、故に幸せな人と不幸な人と2つの人生を歩む人間が存在しています。人間として生まれて、幸せな人生を皆行きたいお考えて生きているのに、何故不幸な人生を歩んでしまうのか?そして、幸せな人は、何故幸せな人生を生きられるのか?

 波乱万丈の人生を半世紀生きてきた私は、常にこの幸せな選択を渇望して探求してきました。

勿論、人間それぞれの時代・世代・文化的・環境的異なる幸せの形ががある事を尊重し、簡潔に幸せの選択方法を哲学的に考えて行きたいと思います。

 一番、大切な事は、幸せの人生への選択を常に自己の真実を追求してする事です。自分を偽り、また人に左右されて生きていると自己を失い、次々に不幸を招きます。その選択は、時には辛いそして困難な選択であっても、その選択を1瞬1時、日々してきた人間が、その人なりの最高の幸せな人生への選択をして幸せになるのです。

 私は、日本の東京に昭和40年代半ばに誕生し、大きな自己の幸せの選択をしたのは、家族から遠く離れて、18歳の時にカナダに留学した時です。人間として初めて幸せだと実感して生きた自分がいたのが幸せな人生への第一歩の大きな選択でした。生まれてから間もなく2歳年上の姉からの心身の過酷な虐待から逃れて、精神的にも身体的にも虐められコンプレックスの塊から解放され新しい土地と言語の環境で生まれ変わり当時18年間の人生の中で一番幸せな4年間を過ごしていた。そこで、家族に恵まれない人は、やはりその恵まれない環境から抜け出る方法を見つけるのがとても大切な選択です。18歳の私は、言葉も環境も異なる、選択肢を命からがらしたのです。これは、私の生存力からの知恵だともいえると思います。そして私の、真実の幸せの人生への第一歩の選択でした。言葉を学び、新たな人間関係を築き、自分なりに幸せになるために選択したのです。18歳の私には、解放感と自由そして新しい言語と文化を吸収して、過去のコンプレックスの塊から解放されて真実自分を創造する事を選択したのです。

 

     The poser of Choice is listen to your ture heart' voice and chose every seconds to seek your truth .

 

 第2の選択は、人間として生まれながらに持っている知恵があります。これを信じて、つまり自分を信じて力強く生きて行くのです。人間は、自己を信じられないと、何故か常に恐怖と葛藤しながら生存していく結末に際悩まれます。恐怖の果てに、全てを引き延ばして生きて行くと、不誠実な人生が存在しそして、その結果不幸な人生を歩んでいきます。勇気をもって、自己の知恵を信じて生きる選択をするのです。自己を欺きながら生きてしまうと、結果的には、不健康が状態が継続し身体に病巣を発生します。健康な人間は、幸せな人間は、必ず自分の真実を信じて正々堂々と生きているのです。疚しい気持ちの塊は、病気の根源になります。例えば、体のどこかが痛いのに、痛み止めを飲んだりして自分をごまかし、小さな嘘を重ねて生きているとその否定的なエネルギーが病巣を心身へと導いていきます。社会にでて、自分の真実を全うして生きて行くには、相当の勇気とパワーが必要です。ただこの、見返りは、長い目で見ると自分の心身が結果を表していくのです。しかしながら、日本社会でこれを全うして生きて行くのは、かなり過酷です。しかしながら、自己の心身に嘘をつかず、人をコントロールせず、傷つけずに生きて行くのが一番です。人は人、自分は自分、自分を大切に生きて行く選択を毎日、毎秒していく知恵を身に着け、訓練するのが第二のステップです。例えば、真実を口に出さなくても、他人から内を言われようと、自己の知恵を信じて行動で示してくのが、日本社会では、この選択をするのが一番良いかと言えるでしょう。初めは、他の人から不思議だと思われるかもしれませんが、20年30年後に幸せにマイペースに生きている事を認めてくれます。そして類は友を呼ぶで、その幸せのパワーの友人に囲まれてより幸せに人生を歩むことができます。

 

 第3の選択は、自己の幸せの壁は、通常自己の幼児期のトラウマや悪い経験・環境から引き起こされていきます。今の自分を生きるために、新しい自分を確認して、過去の自分を解放して幸せに満たされた人生を楽しみにながら生きるのです。痛みや悲しみを解放して生きて行かないと常に過去の悲しみと痛みを担って生きてしまいます。人間は、新しい細胞常に再生して生きているのです。過去の自分は、過去において、勿論忘れる事は出来ないので一つの経験として生きて行くのです。そして、それを自分を信じて、宣言するのです。過去の自分に振り回されずに、今の自分の知恵を信じて幸せな人生を生きて行くと。宣誓するのです。紙に箇条書きにして、過去の全ての痛みや悲しみをノートに記録して、その気持ちがや記憶が出てきてしまったら、それに負けない自分を生きて行くと宣誓します。自分の持って生まれた知恵を信じて生きると、宣誓するのです。

 

 第3の選択は、自分を知恵を信じて人生へ挑戦する事をやまずに生きて行く事です。幸せな人生を生きて行く挑戦を忘れて生きて行くと、人間は、情熱を失い、弱くなり、そして活気を失って生きて行きます。それは、新しい言語をならったり、新しい場所への旅行でもよいです。また苦手な事を克服したり、新しい友人を作ったり、新しい植物を育てたり、人生い生きて行く過程で新たな挑戦を重ねて行くうちに幸せの木が毎日大きく育って行き、気が付くと天にも届くほどの大きな大木の揺るぎないし幸せの人生の中で生きている自分が存在しています。過去の失敗を恐れず、常に新たな挑戦をしながら生きて行くのが幸せの人生へのステップです。

 

 最後に、どのような哲学に出てくる、感謝の気持ちを忘れずに生きて行く事です。真実の自分が、生まれ生きている事への感謝の気持ちを大切に生きて行く事です。この宇宙の唯一生命体の存在する美しい地球に生きているという恩恵と感謝の気持ちを毎日、目が覚めて呼吸をしている自分に感謝をして生きていると、常に自分が幸せになり、自分を大切にして生きる選択をする事ができるようになります。そして自分の夢がかなうような選択をしながら生きて行く事が可能になります。 

 

Choice of Hapiness blend 10ml ロールオン

自己の幸せな人生を選択できるパワーパフューム

 

アルパインラベンダー 15滴

ローズオットー  6滴 

メリッサ 2滴

シスタス 2滴

ワイルドローレル 2滴

ベルガモット 5滴

リンデンブロッサム 1滴

ナーシサス 1滴

 

使用方法:毎日 朝晩この香りを首の後ろこめかみ・鼻の下・胸元・手首につけてで瞑想を5−15分する。ノートに宣誓した事を解放して、自分の夢をビジュアライゼーションして、そして地球に感謝をして自分の真実を確認して、自己の知恵の素晴らしい恩恵を信じて、瞑想をします。自分が幸せだと気づくまで毎日行います。また、いつでも必要な時に行います。

 

* ブレンドのご注文は、E-mail にて受け付けております。info@argutha.com 

 

GOOD LUCK on YOUR HAPPY LIFE

 

LOVE&ALOHA

MIDORI

 

 

 

 

 

 

嗅覚不能の母へのアロマセラピーで認知症・運動機能回復

  • 2016.12.26 Monday
  • 05:40

12月26日曇り 気温2度 午前5時 

 母の76歳の誕生日12月24日に備えて帰国をした私は、母の認知症と運動機能の回復力にほっとしている自分がいた。

 母は、2014年1月に台所と居間の間の木組みのガラスの扉につまずき、ガラスが壊れ血まみれになって倒れていた所をたまたま母を訪れた妹が見つけて九死に一生を得たのである。叔母からの連絡を受けると私は、急いで母の家に行き母を看病した。母は、頭を強く打ち青あざを作っていた。それ以外にも、大腿にも大きな痣があった。実際母の体は、何度も転倒を繰り返していたようでそのほかにも腕や肩などに痣があった。父が2013年9月5日に亡くなったあたりから、母の認知度が急に低下していたようだった。毎日ビールとウイスキーを朝から飲み、自分の落ち込む気持ちから逃避し続け、そして家の中で転倒を繰り返して、毎日通っていたスイミングにも青あざが気になり行かなくなっていたのである。父の介護を経て、今また母の介護へと挑戦しなくてはならないのかという、正直私の心は不安と恐怖で心が締め付けるられる思いになった。

 母の回復を願って、先ずは、意識朦朧の母をみて脳こそくの疑いがあるのではと思い、マッサージテーブルを出して毎日30-40分全身をマッサージしたり、ストレッチをその日から始めた。朦朧となっている母は、それでもお酒をやめることはなかった。そこで、私は、ウイスキーのボトルに半分以上麦茶をいれて母にウイスキーのボトルを渡したり、ノンアルコールビールのビールを購入してビールだといってだましだましお酒の量を減らした。

 14日間ほど毎日背骨を中心とするマッサージと腕・手・足・脚のストレッチをアロマセラピーブレンドで行うと、母は何とか歩けるほどになったので、近くの15分ほど徒歩で行かれる脳神経外科に外来診察に歩いて行った。寒い雪が降る2月に母の手を引きながら転倒しないように行った。MRIなどの結果、母の脳が委縮している事が分かり、認知症のテストもして果物や野菜の名前が直ぐに出てこなかったりして、認知症と診断された。73歳にして認知症の診断が出された母だった。実際思えば、その2012年に母が私が青山の私のお店に1人で来た時に距離感が分からず、子供のように左右をしっかり確認しながら道を歩いていた事を思えば71歳あたりから始まっていたようだった。

 

 それから、私は母に脳の記憶力回復と高齢者の落ち込みを改善する飲用のオイルとマッサージなどを集中的に行った。と同時に、市役所に介護のヘルパーさんなどの手続きを始める手続きを始めた。当時東京に住みアロマセラピースクール・サロン・ビーガンカフェ・ヨガスタジオなどを運営した私に、埼玉県に住む母の介護は、ヘルパーの方の補助なしでは不可能であり、父の介護の経験上全てを自分で行うのは、かなりの負担である事を痛感していた。介護申請の手続きには、約1・5か月かかった。母は要介護1になった。それでも、まだ母は、お酒の依存が断ち切れずに何度も転倒を繰り返している日々が続いていた。その後、母は、トイレに行くのも忘れてしまうため、おむつをしたり、ベットに尿がベットのスプリングダメにならないようにビニールが張ってあるシートをして寝ていた。よく私は子供のころお寝尿をしていた私は、人間は年と共に子供のようになって行くようになるのを父の介護の時に痛感していた。まるで、父の介護間の時間が回帰して行くようでまたトラウマのような動機にを感じる事があり、自分にもメリッサのオイルの含有されたオイルを飲用しながら平精神保った。自分の心に今自分が、倒れたり鬱になってしまっては、母も自分の幸せが消滅してしまうと言い聞かせながら、自分にもアロマセラピーを行いながら母の介護に対応して行った。

 その後私は、ハワイでジョンとカリーナと自分の幸せな人生を過ごす事が出来たのも、私の心身の健康があったからだった。人間は、自分が幸せになるのは、自己の健康が基礎であることを忘れがちでついつい日々の生活に追われて生活している間に気が付くと多くの薬に頼り健康を害して行くのである。

 

 今年、3月12日母は、とうとう左腕の複雑骨折で入院した。毎日必ず誰かが母の家に入り確認するスケジュールをケアーマネージャーの方と作成していたおかげで、母はデイケアーのお迎えの人に朝9時に玄関先で転倒していた所を発見されて九死に一生を2度得たのであった。もともと骨が丈夫で今まで骨を折っていないのが不思議なほど転倒し続けていた母も今回は、骨折しリハビリも兼ねて術後施設に入院した。約2か月間期間母の体内からアルコールが抜けて、なんと5月に退院してもいつもよりも半分にアルコールの量が減り、ヘルパーさんとシルバーサービスの方々の協力でアルコールは購入しないという徹底した管理と母の決断力回復の末、9月にはノンアルコールのビールで気持ちが収まるようにまでなり、アルコールが抜けると同時に定期的なアロマセラピートリートメントそれも、お風呂上りにデイケアーで背骨に沿ってブレンドオイルを使用してもらったり、私が母を訪れている間内服オイルを飲用、ヘッドマッサージなどを中心に毎日のケアーをして、ゆっくりではあるが、記憶力が回復してきた。それは、6歳児から小学生6年生ほどの知能能力の回復で怒りっぽかった認知症の症状も収まり、思慮深くなってきた。デイサービスで教えてくれる絵画教室(ザクロの絵母75歳の水彩画)の楽しみが増えたり、右と左の稼働能力を確認したところ右足首や足先が動かしにくいことを確認したので右足先足首を中心にマッサージストレッチをした後、歩く速さも早まり、かつ距離感覚も回復してきたのだ。脳細胞が一度破壊されても、規則正しい生活とアロマセラピー経口経皮投与で改善する素晴らしい症例が、私の母である。実際には、やはり家族の支えが一番の薬なのかもしれないが、諦めずに根気強くお薬に頼らずに生きて行くのが人間の自然治癒力を高めて行き人それぞれのできる範囲での幸せな人生の生き方なのであると母を見ながら痛感します。父の時のように手遅れにならず、早めの手当てができて本当によかったという思いで一杯だった。今年、母76歳元気に回復の兆しを著しく見出したのだ。父は、気が付いた時には手遅れで、介護の界もなく残念ながら76歳で亡くなってしまいました。でも母は76歳からまだまだ元気に独立して今一人暮らしをすると自分の未来に希望をもち、来年は私と一緒にハワイに行くのを楽しみにして今年の年越しをして行く母の背中を見ながら、私は、今小さな親子の愛の幸せを感じている。

 

【背骨を中心に行うマッサージオイル】60ml

キャリアオイル:ボラージ10mlセントジョーンズワート10mlヘーズルナッツ33ml

ブラックスプルース 1.25ml

ローズマリーシネオール0.8ml

セージラバンドュフォリア0.7ml

フラゴニア0.5ml

クンジアアンビグア1ml

ユーカリグロブス0.25ml

ベルガモット1.25ml

フランキンセンス0.8ml

ベチバ0.45ml

【使用方法】背骨にそって首から腰に向かって1−2mlを刷り込んで優しくマッサージする。手や足にやさしく塗布してマッサージしながらストレッチする。

 

【ヘッドマッサージ用オイル】10mlホホバオイル

ローズマリーバーべノン 9滴

ペパーミン4滴

セージファバンドュフォリア6滴

ケジャップ8滴

ベルガモット11滴

フランキンセンス6滴

 

【不安などトラウマから解消される経口投与ブレンド1m】

メリッサオフィシャナリス 3滴

ベルガモット4

フラゴニア4

クンジア2

ローマンカモマイル1

ネロり3

キャリアオイル:ブラッククミン

 

*全てのブレンドは、パーソナルブレンド(個人用にブレンドされたブレンド)ここにブレンドの滴数などは変わりますのでご参考にされてください。ご希望の方は、コンサルティング後パーソナルブレンドの作成のご予約を受け付けております。

 

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